girasole

【04】





 目が覚めて、目に入った天井は、見慣れない天井だった。ディーノは一瞬、自分がどこにいるのか分からなかったが、隣に人の気配がして、そちらを見た。
 そこには、とても幸せそうに眠るの姿。

「ああ、そうか……」

 まだ眠っている彼女の髪を優しく撫でる。
 彼女はもうすぐ、イタリアを発って、日本に帰ってしまう。
 寂しくはあるが、これで今生の別れというわけではない。折角手に入れたのだ、手放したくはない。
 彼女はいずれ、日本に戻るから、遠距離恋愛にはなるが、連絡を取る方法なんて、いくらでもある。

「……ディーノ?」

 まだ、眠いようで、トロンとした目つきだ。少し掠れ気味の声が、色を含んでいるように思うのは、あれだけ求めたのに、まだ彼女が足りないのかもしれない。

「Buongiorno」

 笑いかけ、その額に軽く口付けを落とす。すると、目が覚めたらしく、の顔はだんだんと赤くなった。

「お、おはよう……」

 恥ずかしいからか、は再び布団の中に潜ってしまった。
 その様子が可愛いと思ってしまい、笑いが零れてしまうと、少しだけ顔をだして、こっちを睨んできた。






「悪いな、今日は案内してやれなくて」
「いいよ、気にしなくても。ディーノだって忙しいだろうし」
「仕事終わったら、ぜってー行くから、な?」
「うん。でも、無理しないでね」

 本当は、仕事をほっぽりだして、ずっとと居たかったのだが、ここ数日、と居ることを優先させてた為、仕事は溜まり気味だ。ボスとしての責任もあるから、そのままにしておくわけにはいかない。
 溜息をつきながら、屋敷に戻ると、ニヤニヤとした部下達に出迎えられた。

「よ、ボス。そろそろ鼻の下伸ばすはやめて、仕事してくれよ」
「うるせー。分かってるっての」

 ロマーリオの軽口に、顔を少し赤くしながら、返す。
 しかし、次の瞬間には、もうキャバッローネのボスの顔になっていた。

「で、不穏な動きがあるって?」
「ああ。この辺りで、観光客を狙った誘拐が起きてる」
「攫われたヤツは?」
「突き止めてはいねーが、どうやら、人身売買のルートに伝手のあるヤツ等らしいぜ」

 観光客狙いと聞いて、ディーノはふと、のことを思い出した。彼女は大丈夫だろうか? 今まではディーノが一緒にいたが、今日は一緒にいてやれない。
 ディーノはホテルに電話をし、の部屋に繋ぐ。

「ああ、俺だ」
『ディーノ? どうかした? 忘れ物?』
「い、いや、今どうしてるかと思ってな。今日、どこか出かけるのか?」
『特にはないから、この辺りのお店見て回ろうかなって』
「そうか、気をつけろよ」
『うん、大丈夫。ディーノも頑張ってね』
「Ti amo.」(好きだよ)
『っ! ……わ、私も』

 電話を切ると、やはり、ロマーリオがニヤニヤしていた。

「なんだよ……」
「熱いねぇ〜、ボス」
「うるせーよ。さっさと、突き止めてくれよ」
「分かってる、分かってる。じゃねーと、ボスが心配でしょうがねーもんな」

 ロマーリオは悪びれた様子もなく、笑いながら出ていった。
 なんだかんだで、頼りになる。こんな軽口の応酬は日常茶飯事だ。だからといって、部下に舐められているわけではない。信頼はある。
 ディーノは椅子に深く座り込んで、天井を仰いだ。
 には、今日は仕事だといった。言ったが、はそれほど驚いた様子はなかった。
 何の仕事をしているか、とも聞かれなかった。
 だが、聞かれたとして、自分は答えることができただろうか……。
 マフィアのボスだと……。
 この町や、イタリアに住んでいる者ならともかく、彼女は日本人。マフィアに対するイメージはよいものはないだろう。自分だって、昔はマフィアを嫌っていた。
 ディーノは、キャバッローネのボスであることに、今では誇りを持っている。だが、それを彼女に告げることはまた別だ。
 どうしても、彼女に嫌われたくはないという感情が働く。
 手放したくない、だけど、いつか、自分はマフィアのボスだと、告げなければいけない時がくる。

「どーっすかなー」


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卯月 静 (09/02/17)