girasole

【06】





「ここか……」

 小さなバールの跡地。建物は寂れて、朽ちかけている。
 ここに、例の誘拐犯達が潜んでいるらしい。
 そして、ここにもいる。彼女を助けたいと思う。きっと、これで彼女が自分の正体を知ることになる。彼女はどんな反応をするだろうか……。
 ひょっとしたら、はディーノから離れていってしまうかもしれない。

「ボス……」
「ああ、行くぜ」

 だとしても、このままにしておけない。キャバッローネのボスとして。
 そして、一人の男としても……。






「へへっ……。東洋人ったぁ、珍しいじゃねーか、なあ」
「少し味見しとくか」
「そりゃぁ、いい」

 数人の男達が、ニタニタしながら牢屋の中に入ってきた。
 男達は、下品な笑いのまま、を見ている。は本能的に、身の危険を感じた。
 しかし、後退ろうにも、恐怖で体が動かない。
 男達は、の方へ近づいてくる。

「こ、こないでっ!」

 人は、とっさの時は、母国語が出るというが、本当だったようだ。

「おーおー。何か言ってるぜ」
「残念、俺等イタリア語以外分かんねーんだよなー」

 は男達を睨むが、それを茶化すように笑う。周りも、怯えきっていて、助けてくれる様子はない。

「災難と思って諦めな」

 男はを押さえつける。
 抵抗を試みて暴れてみるが、男の力、それも数人に対してだと適うはずもない。
 着ていたワンピースは破られる。折角ディーノに買ってもらったものなのに……。そんな事を考えてる余裕なんてないのに、そんな考えが頭を巡った。
 男達の手が、体中を這う感覚がして、気持ち悪い。そして、寒気がして、鳥肌も立つ。

「助けてっ……」

 の叫びに、男達が気にするわけもなく、手が止まることもない。
 涙で視界が滲んでくると同時に、の脳裏に、太陽のような笑顔の青年の面影が映る。

「助けて、ディーノーーーッ!!!」

 が叫ぶと同時に、上に乗っていた男が吹っ飛んだ。
 正確には、何かに引っ張られたようだ。
 視線を向ければ、そこには、スーツを着た男達。明らかに、今まで達を閉じ込めていたヤツ等とは、雰囲気が違う。そして、その男達の一番前に居る男は、他の男よりも若い。

「俺のシマで、好き勝手してくれたようだな」

 低く怒りを含んだ声に、相手を射抜きそうなくらい鋭い視線。
 雰囲気は違うが、見間違うはずもない。あれは間違いなく……。

「……ディーノ……」

 どうして彼がここにいるのだろうか……。しかも、いつもの、の知っているディーノではない。
 鞭を構え、睨むディーノはまるで別人だ。
 ディーノの持つ鞭は、先ほどの男の首に巻かれていて、キリキリと絞まっている。

「キャバッローネのシマに手だしたんだ、分かってんだろうな」
「……て……めぇ…………跳ね……馬か……」
「へぇ……俺の名前は知ってんのか……、なら、命乞いしても無駄だって分かってるよな……」

 ディーノは締め上げる力を強める。

「……落ちろ、下衆がッ」

 グキッという音と共に、男は泡を吹いて白目を剥いた。

「ボス。親玉はこいつみたいだぜ」

 男に突き飛ばされ、一人の男が床に転がった。男達をまとめていた親玉だ。

「お前が親玉か」
「キャバッローネの10代目……」
「俺の顔知ってるのか。そりゃ、話が早えー」
「てめーだって、マフィアだろ。俺達とやってることはかわんねーだろ」

 マフィア? ディーノが?
 酷く彼には似合わない。でも、今のディーノの風貌は確かに、マフィアそのものだ。

「否定はしない。が、人のシマ荒らしておいて、はい、そうですかってわけには行かないんでな。連れてけ」
「おう」

 男はそのまま、ディーノの傍に居た男達に連れて行かれた。
 そして、ディーノが初めて、の方を見る。

「……ディーノ」

 ディーノは、に微笑んでいる。だけど、それはいつもの笑顔とは違っていて、何かを迷っているようだった。

「もう、大丈夫だから」

 優しい声と共に、上着が掛けられた。抱きしめられたわけでもないのに、何故だかディーノに抱きしめられているようで、安心感からか、ポロポロと涙が零れた。

「こわ……かった……」
「大丈夫だ。もう、恐いことはねえから」

 数分の間、ディーノはの髪を撫でていた。

「ロマーリオ、をホテルまで送ってやってくれ、俺は後処理しなきゃならねーから」
「ボス……わかった」

 安心させるように、の髪を撫でていたが、が落ち着くと、部下らしき人に任せてどこかに行ってしまった。ディーノの部下は、ディーノに対し何か言いたそうにしていたが、一つ溜息をつくと、了承の言葉を言った。
 本当は、ディーノにもっと傍に居て欲しかったが、彼だって忙しいだろうし、何より、あの困ったような笑顔の原因が自分にあると分かっていると、引き止めることもできなかった。


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卯月 静 (09/02/21)