girasole

【07】





「ボス…………そんなに落ち込むなら、空港に行けばいいだろう」
「できたら、やってるよ」

 部屋で落ち込んでいるディーノを見て、ロマーリオは呆れ気味だ。
 この間の事件から、彼は落ち込みっぱなしなのだ。
 ディーノが、この街に来ている日本人女性に入れ込んでいることは、キャバッローネの大半が知っていた。本当に普通の娘で、特にディーノに危害を加えることもないため、ロマーリオを始めとする部下達は半ば応援する気持ちもありつつ、見守っていた。
 だが、ディーノは自分がキャバッローネの10代目ボスだということを、彼女には言っていなかった。いや、むしろ隠していたらしく、この間の事件でそのことを知ることとなった。

「ほら、ボス。さっさと行ってこいよ。これっきりにしたくないんだろ」
「そうだけどよ……」

 ディーノは、今ひとつ煮え切らない。

「嬢ちゃんが帰っちまったら、これっきりだぜ」
「分かってる……。でもな、俺はマフィアのボスだ。そして、は普通の家の娘だ」

 ディーノの言いたいことは分かる。この間だって、は怖い目にあったのに、マフィアのボスであるディーノの傍にいるということは、その可能性が増えるということだ。
 それでも、ロマーリオはディーノには幸せになって欲しいと思っていた。

「怖いのか?」
「何のことだ」

 ロマーリオの唐突な言葉に、ディーノは眉を寄せる。

「ボスは、嬢ちゃんに嫌われるのが怖いんだろ。マフィアって言や、どう考えても綺麗な仕事はしてねー。そういう目で見られるのが怖いんだろ。ボスが惚れたのは、マフィアのボスってだけで、近寄ってくるような女達と同じような女だったのか。違うだろう?」

 ロマーリオの言った通りだ。ディーノは怖いのだ、に正体が知られて、彼女がどういう反応をされるのかが。だから、隠していた。
 でも、彼女は、マフィアのボスだと知らない、へなちょこなディーノでも傍にいてくれたのだ。

「………………」
「ここらで男みせるべきなんじゃないのか? キャバッローネのボスはもうへなちょこじゃねーんだろ」
「…………少し出てくる」





 空港のロビーで、は溜息をついていた。
 あの後から、ディーノとは会っていない。ディーノの連絡先も分からないから、連絡をとることもできない。
 ディーノがマフィアのボスだと知って驚いたが。ただそれだけだった。マフィアと聞いても、彼を怖いとは思わなかったし、彼のことを嫌いになることもなかった。
 今までディーノが何をしている人なのだろうかと不思議に思っていたことも分かった。マフィアならば、金はあるだろう。
 ディーノが平凡な娘である自分といて、実は遊びで、心の中では嗤っていた、ということは彼の場合はないだろう。それでも、ディーノと自分の世界が違うことには変わりがない。どんなにがディーノのことを思っていても、相手にはしないかもしれない。
 マフィアのボスで、若く、そして、あれだけ見目も良ければ、よってくる女性は多いに違いない。
 そこまで考えて、再び落ち込む。旅行先での、淡い思い出だったと諦めなければいけないのだが、どうやら、しばらくかかりそうだ。
 もう、時間のようで、搭乗手続きのアナウンスが流れは立ち上がった。

っ!!」

 立ち上がったの後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。

「ディーノ……」

 振り返れば、そこには、息を切らせて走っているディーノの姿。だが、自分の靴紐を踏んでしまったようで、その場でコケた。

「だ、大丈夫?!」

 は慌てて、ディーノに駆け寄る。

「いてて。決まんねーな、俺」

 ディーノは苦笑いをしている。
 どうして、彼はここに来たのだろうか。優しいディーノのことだ、知り合ったからと、見送りに来てくれたのだろう。
 来なければ、もう一度会わないまま日本に戻ってしまえば、彼への想いは断ち切ることができたかもしれない。
 だが、ディーノの顔を見て、彼を諦めることは……。

「なあ、……」

 ディーノは今は笑っておらず、視線は真っ直ぐにに向いていた。逸らせない。射抜かれたように、彼から目を逸らすことができなかった。

「……俺が恐いか?」
「……え?」
「俺はマフィアのボスだ。俺の傍に居れば、きっと、この間みたいな危険な目にだって遭う。俺がマフィアのボスを辞めれば、問題ないんだろうが、俺はファミリーを守る義務があって、そんなことは出来ない」

 ポツリポツリと話すディーノの言葉を、は静かに聞いている。

「でも……それでも、手に入れた幸せを放したくないんだ。我侭だってことは分かってる。欲張りだってことも」
「ディーノ……」
、はっきり言ってくれ。俺の傍に居たくないっていうなら、そう言ってくれ。これっきりにするから」

 は、キュッとスカートの裾を握る。

「そんなこと言われたら……ディーノが私のこと好きなのかと、期待しちゃう……」
「期待してくれて構わない。俺はが好きなんだ」

 搭乗時間が迫っているとアナウンスが鳴る。

「…………これ逃すと日本に帰れなくなっちゃうから」

 そう言っては立ち上がる。
 の行動に、ディーノは半ば落ち込みながらも立ち上がる。

「そう、だな……。気をつけろよ」
「うん。……ディーノ」

 呼ばれ、伏せていた視線をに送ると、唇に何かが触れた。

「へ……?」
「今度はイタリア語を勉強してくるから。ディーノの部下の人とも話してみたいしね」
「お、おいっ! っ!!」

 慌てるディーノを気にせず、は手を振ってゲートを潜ってしまった。

「最後まで決まらねーな、ボス」

 いつも間にか、付いて着ていたロマーリオが声を掛けた。

「今の言葉どう思う?」
「そのままの意味だろ」
「ロマーリオ。の連絡先調べておいてくれるか」
「ほら」

 は連絡先も告げずに、日本に帰ってしまった。キャバッローネの情報網なら、彼女の連絡先を知ることは容易いことだ。
 しかし、頼んだロマーリオはディーノに紙切れを渡す。そこには、メールアドレスと電話番号が書かれていた。

「これ、もしかして……」
「この間の事件の時にな。ボスに教えておいてくれとさ」
「……マジかよ……」

 どうやら、キャバッローネのボスであるディーノよりも、の方が一枚上手のようだ。
 今度は突然日本に行って、この仕返しでもしてやろうと思いながら、愛しい人が乗っているだろう飛び立つ飛行機を見送った。


次へ 戻る

卯月 静 (09/02/24)