girasole
【11】
ディーノの家は、思った以上に大きくて、は気後れしてしまいそうだった。用意してもらった部屋は広くて、ベッドもキングサイズ。
お金持ちだとは知ってはいたが、これほどまでとは、想像もしていなくて、は最初は慣れなかった。
それでも、キャバッローネの人達は皆歓迎してくれているようで、アットホームな雰囲気は居心地が良かった。
「様、失礼します」
「はい?」
ノックの音が聞こえ、入って来たのはドレスを持った数人の女性。
「お召し変えのお手伝いに、参りました」
「え? 着替えって?」
状況が分からず、はされるがまま。ドレスを着せられ、化粧をされ、髪も整えられる。
まるで、どこかのダンスパーティーにでも行くようだ。
「、用意できたか」
「ディーノ。これ何?」
部屋に来たディーノも、いつものラフな格好ではない。髪も整えられ、いつもと違う雰囲気ではドキドキしてしまう。
「今夜、同盟ファミリーの集まりがあるんだ。それで、も一緒にと思って」
「ええ! 私なんかが行っていいの?」
「それがな、主催者がに会ってみたいっていっててな」
「なんだか、緊張する」
「大丈夫だって、そんなに堅苦しいもんじゃないから」
を安心させようと、笑顔で何でもないように言う。しかし、普通の日本の女子大生が、ドレスなんか着るような集まりに行くことなどそうそうあるものではないのだろう。
「ディーノは慣れてるからそういえるんだって……あ……」
「どうした?」
「ちょっとじっとしてて」
ディーノの方を向くと、は何かに気づいたようで、小さく声を上げた。じっとしてというから、ディーノはじっとして待っておくことにした。
すると、の手が髪に触れた。少し髪を撫でている。
それだけなのに、心拍数が上がるのが分かる。そして、同時に、何故か懐かしい気持ちになった。
「はい、これでよし」
どうやら、髪が少し跳ねていたようで、はそれを直してくれたようだ。
ディーノは隣にがいるという嬉しさをかみ締めながら、をエスコートして、会場に連れていく。
「すご…………」
同盟ファミリーの幹部だけの集まりだから、そんなに大規模なものじゃないとディーノは言ったが、とんでもない。
パーティー自体行ったこともないのが、これで大規模なものでなければ、大規模なものは一体どれほどになるのだろうか。
「緊張するなって、俺もいるんだから」
「う、うん」
先ほどは緊張が解けたと思ったが、やはり緊張してしまっているは、ディーノの腕にしがみ付く。
そんな様子のを見て、ディーノは笑っている。
「やあ、ディーノ」
「9代目」
ディーノに声を掛けたのは、優しそうな老人。
「彼女が?」
「はい、彼女が俺の恋人です」
「は、初めまして、沢田です」
ディーノの恋人という言葉に、心臓が跳ねた。恋人には違いない、だが、実際に言われると照れてしまう。
「……初めまして、お嬢さん。私はボンゴレ9代目だよ」
が挨拶をすると、ほんの少し、悲しそうな目をした。同時に、ボンゴレのボスだという目の前の男性に懐かしいという印象を抱く。
数分話した後、9代目は他の人にも挨拶があると、その場を離れた。
「優しそうな人だったね」
「あれでも、ボンゴレは同盟ファミリーで一番でかいんだぜ」
「へー……」
ディーノといい、9代目といい、の持っているマフィアのイメージとは全く違っている。ひょっとしたら、マフィアのイメージを改めなければいけないのかもしれない。
「女連れとは珍しいじゃねえかぁ、跳ね馬ぁ」
「スクアーロ」
今度は、銀髪の長く綺麗な髪の男性に声を掛けられた。彼もどこかの、マフィアのボスなのだろうか?
「今まで女の影なんてなかったのに、やることやってんじゃねーかぁ」
「羨ましいだろ」
茶化すスクアーロに動じず、を引き寄せて、自慢げに笑う。
その様子を見て、スクアーロは面白くないと言う様子だ。
「お前こそ、こんな場所にくるなんて、珍しいな」
「あ゛? ボスに押し付けられたんだよ」
「……でも、お前んとこのボス、あそこでいるぜ。美人と同伴で」
ディーノが指した方向には、間違いなく、スクアーロのボスである男。
「う゛お゛ぉぉい!!! あの野郎!!!」
スクアーロはそのまま男の所に、駆けて行った。
「賑やかな人……」
のつぶやきがツボに入ったらしく、ディーノは横で笑っている。
演奏の曲調が変わり、それに合わせて、人々は踊りだした。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
ディーノはに手を差し出す。これは、踊ろうというお誘いなのだろうが、はダンスなんてしたことはない。
「私、ダンスなんてしたこと」
「大丈夫、大丈夫。俺がリードするから」
笑顔で言われ、はおずおずと、ディーノの手に自分の手を添える。手を引かれるまま、ダンスの輪の中に入った。
ダンスとなれば、かなり二人の距離は近くなるわけで、それだけでも照れてしまう。その上、ステップなんて分からないから、ディーノの足を踏まないようにと気にしてしまう。ようは、楽しいなんて感じることもなく、緊張しっ放しだ。
「したことないって言う割りに、綺麗にステップ踏めてるぜ」
「そ、そう?」
ディーノの言う通り、自分が出来ているのか分からない。とりあえず、ディーノの足を踏んではいないようだから、このままでいいのだろう。
ドレスを着て、カッコいい男の人とダンスだなんて、まるで夢を見ているようだ。まさか、目が覚めたらベッドの中ということはないだろうか……。
不意に、ディーノの動きが止まった。同時に、会場の空気も冷たい物になる。
「ディーノ?」
直後、大きな爆発音が聞こえ、煙が上がる。
場の空気は更に、冷たくなり、来ていた人々の大半は、懐から、銃やらなにやらと、武器を取り出し構えている。
ディーノはの手を引いて、テーブルの影まで走った。
を庇うように、腕の中に抱く。見上げたディーノの表情は、この間の事件の時と同じような表情をしていた。
「何が起こってるんだ……?」
会場に銃声と怒号が響いている。
「大丈夫か? 」
「う、うん」
予想もしなかった展開に、の頭はついていかない。
爆発と銃声。普段の生活では聞くことはないだろう音。そう、普段の生活では聞くことはないはずの音。映画やドラマなどならいざしらず、体験することはないはずだ。
だが…………。
「?」
知ってる……。この光景をは知っている。
黒いスーツの男達に、銃声と怒号、そして…………温かい手と血の匂い。
「……い、や…………」
「っ!? おい! っ!!」
ディーノが自分を呼んでいる声が聞こえるが、頭の中に入ってこない。それどころか、の脳裏に、幼い日の映像がフラッシュバックする。
幼い自分と父親。そして、スーツの男達。
「……ダメ…………やめ、て…………」
男達の銃口は、自分達に向けられていて、父親は、自分を庇うようにの目の前に立っている。
乾いた音と共に、の視界は遮られる。
周りが静かになり、再び視界が明るくなった。
だが、目に入ったのは、血を流し、微笑む父親の姿。
「……やだ……しんじゃいやっ!! とうさまっ!!!!」
の意識はそこで途切れた。
「っ!!」
強張っていたの力が抜け、倒れ込む。わけがわからず、ディーノはの体を受け止めた。
に一体何が起こったのだろうか…………。
は、目を閉じ、気を失っている。閉じたの目尻から、一筋の涙が流れた。
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卯月 静 (09/03/05)