girasole
【13】
「ディーノお兄ちゃん、今からどこに行くの?」
「ある人に会いにな」
車の中で、に何処に行くのかと聞かれたが、ディーノは答えなかった。彼女も特に警戒はしていないらしく、不思議そうにしてはいるものの、大人しい。
彼女の叔父に会いに行く、そう告げてもよかったのだが、の記憶がどれくらいあるのかは分からない。
医者が言うには、彼女の記憶は8歳くらいのものらしい。外見は大人なままで、記憶や思考は子供のもの。酷くアンバランスで、この状態が長く続くのはあまり好ましくないらしい。
だが、記憶を取り戻すには、まず、記憶が退行してしまった原因を突き止めなければいけない。
本当はもう彼女は日本に帰っているはずだが、これでは日本に帰すわけにはいかないと、記憶が戻るまでイタリアにいるように手配した。彼女の叔父には事情は言ってある。だから、日本にいる奈々にも連絡は行っているだろう。
「さ、着いたぜ」
「うわぁ……おおきいお家……」
目を丸くして、驚いているの手を引き、案内された部屋へと向かう。
「お忙しいところ、申し訳ありません。九代目」
部屋にいたのは、ボンゴレ九代目。彼は笑顔で迎えてくれた。
「いや、いいんだよ。ちゃん、久しぶりだね」
「おじいちゃん!! えっと、おひさしぶりです」
は、九代目の顔を見るなり、ディーノから手を話して駆け寄る。そして、たどたどしくではあるが、軽くスカートを持ち上げて、礼をする。
「よう、俺もいるんだぞ」
「おじちゃんっ!! じゃあ、父さまもいるのっ!!」
隣に居た家光を見とめ、は嬉しそうに言う。
「いや、アイツはまだ仕事でな。また土産買ってくるから、いい子にしてろって言ってたぜ」
「そっか……」
明らかに落ち込むを見て、九代目も家光もなんとも言えない表情をする。
「でも、いい子にしてる! ロシアから、イタリアってどれくらいかかるのかな?」
の言葉に、九代目と家光の表情が変わった。それをディーノが見逃すはずがない。
家光は、隣の部屋にお菓子を用意してあるからと、をそちらに促した。目を輝かせて、そちらの部屋へ行く。家光の部下であるオレガノが向こうの部屋でいたらしく、彼女はそっと扉を閉めた。
「の記憶はいつまでのものなんですか」
扉が閉まると直、ディーノは本題に入る。
「の記憶は…………アイツが……の父親が殺される前までだ」
その後、家光は事情を全て話してくれた。
の父親は家光の兄で、ヴァリアーに所属していたらしい。実力はヴァリアーボスを凌ぐ程。傍系ではあるが、彼をボンゴレの時期ボスにという話も出ていたらしい。彼自身にはそんな気は全くなかったらしいが。
父親が仕事の時は、大体日本の家光の家、つまりは、奈々の所で預かっていた。の母親は、彼女が三歳の時に他界した上に、駆け落ち同然に一緒になった為、母親の実家とは絶縁していた。
の父親は任務で、世界中を行き来していた。
「だが、アイツがロシアに行ったのは一度だけだ。ロシアから戻ってきた夜。アイツは殺された」
が居なければ、殺されることはなかっただろう。だが、彼は娘を守り、そして、そこに居た敵を一掃し、力尽きた。家光達が駆けつけた時には遅かった。
そこには、泣き続けると、娘を守るように抱きしめたまま力尽きる兄の姿。
はそれから、二日ばかり眠っていたが、目が覚めた時は、今のように、記憶がなかった。父親が殺されたという事実だけがすっぽり抜け落ちていた。
「には、父親は事故死だと言ってある」
「ディーノ……は孫のようなものだ」
全てを話し終え、そこで、九代目が初めて口を開いた。
「だが、のことは君に任せる」
「九代目……」
「これは、家光とも話し合ったことだ。彼女の記憶を取り戻すのも、そのままにしておくのも君が決めればいい。ただ……」
「ただ?」
「決められないと。自分には荷が重いというのであれば、彼女の一切から手を引いてくれ」
九代目の口調は、恐いほど穏やかだ。だが、その目は鋭く、穏やかなはずの声には迫力がある。彼女の一切からということは、今後一切彼女と会うなと、そういうことだろう。破れば、きっと、キャバッローネはボンゴレに潰される。
彼女を手に入れるのなら、彼女の全てを背負えということだ。
「九代目……俺はこれでもマフィアのボスです。一度守ると決めた者を、手放したりはしません」
「そうか……」
ディーノの声に、九代目は微笑む。そこでやっと、緊張が解かれた。
次へ 戻る
卯月 静 (09/03/17)