girasole
【14】
ボンゴレの屋敷から、戻って、食事をして、を寝かせて、ディーノ自身は仕事に戻る。
できるだけ、が寂しい思いをしないようにと、昼間の仕事は極力減らすように言ってある。そのため、仕事は深夜にする羽目になる。
それでも、彼女が笑顔で居られるのなら、少しくらいキツくても頑張れる。
の過去を聞いて、それでも、彼女を手放す気にはなれなかった。九代目は全てディーノに任せると、そして、彼女の育ての親である家光も同意していると言った。
記憶と体がアンバランスなままではきっといけない。それに、自分のことを思い出して欲しいし、「お兄ちゃん」と呼ばれるのは悪い気はしないが、自分は女性として、が好きなのだから、きっとこのままでは我慢できなくなるに違いない。
一方で、記憶を思い出すということは、同時に、彼女が自ら葬った辛い記憶も思いださなければならない。思い出すことで、彼女が壊れてしまわないか、それが心配だった。
職業柄と、部下達を安心させる為に、の素性は既に調べていた。だから、彼女が綱吉の従姉であることも知っていた。しかし、彼女の父親については、事故死としか出てこなかった。ヴァリアーの幹部だったとも、殺されたとも一切出てこなかったのだ。
それもそのはずで、九代目を筆頭に、ボンゴレが一切を隠していたからに他ならない。それは、彼女が過去を知ることのないようにということと、彼女が争いに巻き込まれない為にだ。
の為だと、ボンゴレが隠していたことを、果たして、記憶を取り戻すことで、思い出させていいのか……。
ディーノは大きな溜息を吐き、机に突っ伏した。
直に結論を出す必要はない。だが、いつまでもこの宙ぶらりんなままではいけない。それは彼女の為にも自分の為にもだ。
とりあえず、今は悩むことではなく、目の前の書類を減らさなければと、再び書類と睨めっこを始めることにした。
その時、控えめなノックの音が聞こえた。
「……何だ?」
何かあったのだろうかと、ボスとしての、低い声で答えると、ゆっくりとドアが開いた。
そこから顔を出したのは、部下ではなく、ディーノの愛おしい人。
「あ、あの…………おしごと中……なんだよね……」
「? どうした?」
先ほどまで、眠っていたはずだが、目が覚めたようだ。は仕事中に邪魔したことに気後れしているのか、ギュッとワンピース握っている。
この深夜に、が来たことで、心臓が跳ねたが、落ち着けと自分に言い聞かす。
そして、できる限り優しく聞こえるだろう声音で問いかける。
「あのね……、寝てたんだけど…………こわい、夢……みて……」
「それで俺のところにきたのか……」
はコクンと頷く。
そして、とんでもないことを言った。
「だから……ディーノお兄ちゃんと一緒にねちゃだめ?」
の申し出に、ディーノの思考は一旦停止した。
イヤなわけではない、むしろ嬉しい申し出だ。だが、今目の前にいるのは、であってでない。彼女が言ってるのは純粋に添い寝して欲しいというだけだろうが、好きな女を横に、ディーノ自身の理性がいつまでもつか……。
彼女の記憶は幼い日のままだから、他意はないに違いない。だからこそ、マズいということもある。
「ディーノお兄ちゃん?」
「…………あ、悪い」
考え込んでいたら、いつの間にか近くまできたに覗きこまれた。
今にも泣き出しそうなを見て、ディーノは決意する。
「そうか、なら俺と一緒に寝るか」
「うんっ!!」
ディーノの了承を得ると、は嬉しそうになる。よっぽど恐い夢だったのだろう。
今から部屋まで連れて行っても、どうせ、自分も寝てしまうと、ディーノは自分の寝室にを連れて行く。はしゃぎながら布団の中に入るを見て、娘が出来たらこんな感じなのかなぁ〜と思う。
「お兄ちゃん、はやくっ!」
「ああ、今行く」
寝着に着替えている余裕はないから、ネクタイだけ外し、シャツのまま布団に潜る。潜ると、が抱きついて来た。本当に自分の理性は朝まで持つのだろうか……。
「あー……、恐い夢ってどんな夢みたんだ?」
「父さまがころされる夢……」
呟くようなの言葉は、しっかりとディーノに聞こえていた。そして、は夢を思い出したのか、ディーノのシャツを力強く握っている。
その様子をみて、ディーノは彼女の頭を優しく撫でてやる。
「大丈夫だ。俺がいるから」
「う……ん…………」
安心したのか、の力は抜け、規則正しい寝息が聞こえてきた。
彼女の寝顔を見て、ディーノは決意する。
このままでは、彼女は不安定なままだ。やはり、記憶は戻すべきだろう。もし、それで彼女が壊れてしまっても、自分はずっと彼女の傍にいる。
これは、彼女の為ではない。ディーノ自身の為だ。彼女の全てが欲しい。自分に向けてくれる笑顔も、伝わる温かい体温も、彼女の涙も、過去も全て。
「ボス……朝です。朝食の準備が出来てます、そろそろお目覚めに…………」
ディーノを起しに来た部下は、目に入った光景に、固まった。
彼の頭の中には様々なことがぐるぐると駆け巡っていた。
「おい、何突っ立てるんだ? ボスはまだ寝てんのか?」
書類を持ったロマーリオに声を掛けられ、部下はとっさに扉を閉めた。
「ロ、ロマーリオさんっ!?」
「どうした? いるんだろ、ボス。たたき起こして来いって」
「そ、それが……」
中々要領を得ない部下に、ロマーリオは彼を押しのけて、ドアノブに手をかける。そして、そのまま扉を開けた。
そこにいたのは、ロマーリオのボスであるディーノが寝ていた。まあ、それは別段変わったことではない。問題は、彼の隣で寝ている人物にある。
ディーノの隣では、ディーノに抱きしめられて眠るがいた。彼女はディーノの恋人だから、一緒のベッドで寝ていたからといって、別に問題はなさそうに思える。が、現在の状況が状況で、彼女の記憶は8歳頃の物。そうなると、体は大人でも、実質的には、8歳の少女に手を出したことになる。
「なるほどな……」
これで、部下が固まっていた理由が分かる。ロマーリオはとっさに、自分のボスとその恋人の服装をみる。
服は着ている。そして、乱れてもいない。加えていえば、の肌に痕らしきものはない。
「嬢ちゃんが恐がって、ボスのベッドに潜り込んだんだろーよ」
冷静に判断し、ロマーリオはディーノを起しにかかる。
「ボース、朝だぜ、いつまでも寝てんなよ」
ディーノの耳元でかなり大きな声で叫ぶ。
「うわっ?! ってロマーリオか……」
「ボス、いい加減起きろよ。それに、それじゃ、誤解されるぜ、弁解しておいた方がいいんじゃねえのか?」
「は? …………あっ?!」
ロマーリオに諭され、今自分がと同じベッドで寝ていたことを思い出した。視線をロマーリオから外せば、部下が固まったまま立っていた。
慌てて昨日の状況と、手は出していないことを弁解する。
部下はその弁解に頷いていたが、どれほど信じてくれたかは分からない。案の定、すれ違う時、他の部下達に意味深な笑いを送られたり、わざわざ真偽を確かめにくるヤツもいた。
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卯月 静 (09/03/24)