girasole

【16】





「ボス、飲みすぎだ」
「放っといてくれ」

 翌日、ディーノは落ち込みっぱなしで終には荒んでいた。朝食には来ず、部屋からも出てこないらしい。
 無理も無い、信頼していたであろう人物に、あんなことをされかければ。しかも、今の彼女は子供なのだ。意味も分からず、だが、恐怖心だけは抱いただろう。
 九代目に守ると言っておいて、このざまだ。
 自棄になり、再びグラスのワインを呷る。机の上には何本もの空いたワインボトルが転がっている。
 最初は大目に見ていたロマーリオだったが、これ以上はいけないと諌める。が、聞く耳を持たない。

「俺は、本当に最低だ……。守るって、あの笑顔を守るって決めた癖に」
「だが、事情が分からないとはいえ、嬢ちゃんが自分から部屋に入ってきたんだろ」
「確かに部屋に来たのは、だが、部屋に入ることを許可したのは俺だ。あのまま、無理矢理にでも部屋に返しておきゃよかったのに……」

 昨日は、ディーノ自身の精神状態が通常とは違っていた。キャバッローネの事業に横槍を入れたファミリーと、一悶着あったのだ。硝煙と血の匂い、それが染み付いたままを抱きしめたくなくて、撫でるだけで止めておいた。それだけではなく、最近はそういった事態まで発展することが無かったから、久々の戦闘で、気持ちが昂っていた。抱きしめたら自分を止められそうにないことは分かっていた。だから、迎えに出てきたを抱きしめはしなかった。
 そして、部下にも、を部屋に入れるなと言った。
 それなのに結局……。

「ボス……」
が部屋に来た時、きっと歯止めが効かなくなるだろうってことは分かってたんだ」

 頭の片隅では、を部屋に戻せを警告している自分がいた。だけど、真っ直ぐに自分を見てくるを見て、抑えられなくなった。自分がこの後起すであろう行動を分かっていて、部下を下がらせた。
 よく、途中で止まったものだと思う。
 が叫んだとき、自分の知っている、記憶が退行する前のと重なった。

「だからって、それ以上飲んだら、体に悪いぜボス」
「放っといてくれって言ってるだろっ!」

 ディーノは怒鳴ると、扉に向かってグラスを投げる。

「キャッ!」

 ガシャンという音と、女の小さな悲鳴が聞こえた。目を遣れば、扉の前にがいた。ちょうど、入ってくるところだったようだ。
 彼女のノックはディーノの怒鳴り声にかき消されてしまったのだろう。幸い彼女の横にグラスは当たったようで、に怪我はない。

「……
「……あ、あの……ね…………」
「ボス、俺は部屋に戻ってるぜ」
「おいっ!! ロマーリオっ!!」

 昨夜の今日だというのに、二人っきりになさせるなんて、と引きとめようとするが、ロマーリオはそのまま出て行ってしまった。
 二人っきりになって、二人の間に気まずい空気が流れる。酒が入っていたといっても、が来たことで、酔いはすっかり醒めた。

……」

 名前を呼べば、はビクリと反応する。その様子に、僅かばかりディーノの心が痛む。だが、自業自得だ。これで、へこんでいる場合ではない。

「大丈夫だ。何もしない」
「ほんとう?」
「ああ……」

 微笑んで答えれば、ホッとしたように、笑顔が返ってくる。
 ああ、そうだ。自分はこの笑顔を守りたいんだ。
 そして、は、ディーノの隣にちょこんと座った。

、昨日は」
「ごめんなさい」
「え?」

 昨日のことを謝ろうとしたら、が謝ってきた。は何も悪くない。悪いのはディーノだ。

「しってたの」
「何を?」

 本当は、今この場で土下座でもして、謝り倒したいが、の話を聞くのが優先だ。

「ディーノお兄ちゃんが、私をとおしてほかの人を見てること」

 子供というのは、なんて鋭いのだろうかと実感した。目の前にいるのはに違いないが、ディーノは無意識に、大人のを探していたのだろう。

は、そのひとの代わりだっていうのは、しってるの……。きのうも……」
、それは……」

 それは違うのだと、そう伝えなければと思ったが、がディーノの胸元を掴んだために、それは叶わなかった。

「だから、、そのひとの代わりでもいいから、きのうみたいなのも、だいじょうぶだから……」

 の発言に、ディーノはつくづく自分の愚かさを呪う。

「だから、だから……きらいに、ならないでぇ…………」

 ボロボロと涙を溢しながら、はディーノに訴える。
 嫌われ無い為に、誰かの代わりでも、昨日のようなことまで我慢すると言うに、ディーノの心は痛んだ。
 ディーノはを引き寄せて、頭を優しく撫でてやる。

「嫌いになんか、ならないよ。だ。他の誰か代わりじゃない」
「でも……ディーノお兄ちゃん、私をみるとくるしそう。私がそのひとににてるんでしょ?」
「俺が大好きなのは、だ。他の誰でもない」
「でも、くるしそうだよ?」
「そだうだな。が大好きだから、苦しくなるんだろうな」
「どうして?」
が大人になったら分かるよ」

 ディーノの言葉に、は考え込んでいたが、暫くして、顔を上げて答えた。

「じゃあ、、がんばって、大人になる!」


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卯月 静 (09/04/05)