girasole

【18】





 どこかで見たことのある光景だった。
 黒いスーツの男に、黒く鈍く光る銃。
 また……。
 また、いなくなっちゃう……。
 不安が襲い、は、思わずディーノの服を掴んでいた。
 だが、の心配は杞憂に終った。ロマーリオが駆けつけ、そして、キャバッローネの人々が回りを囲んでいる。
 これで、彼らも動けないだろう。そして、キャバッローネの部下達に促され、男達は両手を上げる。

「手前らには、いろいろ吐いてもらうぜ」
「キャバッローネのボスは、代々ツメが甘ぇってのは本当なんだな」
「ボスッ!!!」

 男は銃を構えていた。そして、銃口はディーノではなく、に向いていた。
 男が、引き金を引くと、乾いた甲高い音が鳴る。
 は思わず目を閉じてしまったが、痛みはこない。変わりに、何かに包まれているような温かさを感じて、目を開けた。
 そして、最初に目に飛び込んできたのは、金色。

「……ディーノ?」

 ぬるりとした感触に気づき、は自分の手を見た。そこには、真っ赤になった手のひら。
 は怪我はしていない、だが、これは間違いなく血だ。

「……あっ…………」

 の脳裏に、一つの映像が浮かぶ。
 怒号と硝煙の匂い。優しい微笑みと、二度と開くことの無い瞳。

「いやぁぁぁ!!!! ディーノッ!!!!」

 の叫び声が響く。
 ディーノの腹からは夥しい量の血が流れていた。撃った男は、部下の手によって、既に事切れているが、それで彼の傷口が治るわけではない。ロマーリオは部下に指示をだし、医者を手配する。

「……なん、で……」
「…………よかった……が無事で……」

 痛みから、ディーノの額には汗が滲み、に微笑みかける顔も無理していることが分かる。

「ディーノ……」
「ああ……俺の、知ってる……だ」

 ディーノは相変わらずに微笑んでいるが、息は荒く、苦しそうなことには変わりない。
 その言葉で、は、今まで自分の記憶は子供の時のままであったことを思い出した。子供の頃の記憶のままで過ごしたことを、全て覚えているわけではないが、うっすらと大体のことは覚えている。
 ディーノはの頬に、そっと触れ後、髪を梳く。

「ごめ、ん、な……恐い、思いさせて……」

 は、首を横に振る。

「でも……よかった……、を守れて……」
「ディーノ、何言って……」
「ロマーリオ……と、ファミリーの皆を頼む…………」
「ボスッ!!」

 ディーノの力が抜け、の髪を撫でていた腕が、パタリと落ちる。

「ディーノ……? ねえ、目を開けてよ、ねえっ!! 私、全部思い出したんだよ。ディーノのことだって、全部思い出したんだよっ」
「嬢ちゃん……」

 駆けつけた部下や、医師達が、ディーノを連れて行く。

「俺は大丈夫だって言ったじゃないっ!!! ディーノッ!!!」

 ロマーリオを始め、その場にいた部下達は、泣き叫ぶを慰めることもできず、只、見ているしかなかった。




 だだっ広い土地にあるのは、文字の入った石。日本のとは違いシンプルな作りのそれは、周りに複数ある。
 その中の一つの前に、は花束を置いた。
 日本のであればともかく、イタリアの場合の作法なんて知らない。だから、ただ、その前にしゃがみ、手を合わせるのではなく、手を組んだ。祈る時にするポーズだ。これが正しいかは分からないが、手を合わせるのは、日本の方法だから、他の方法と思ったが、これしか思いつかなかった。
 石に刻まれているのは、の大好きだった人の名。今はもう会うことの叶わないその人は、この下に眠っている。

「嬢ちゃん、時間だ」
「はい」

 ロマーリオに声を掛けられ、立ち上がる。

「また、来るから」

 石にそう呟いて、ロマーリオの後に続き、車に乗り込む。

「すみません、ロマーリオさんも忙しいのに、我侭言って」

 ロマーリオは、あの事件の後処理に追われているのだから、忙しいに決まっている。だけど、行きたいというの我侭を聞いて、忙しい合間に時間を作ってくれたのだ。
 あの事件から、まだ一週間しか経っていない。日本に帰るのは、少し先延ばしにした。今帰っても、勉強に身は入らないだろうから。大好きな人を失うという恐怖は、きっと、一生忘れることは出来ないに違いない。

「いや、いい息抜きになった。それに…………ボスに頼まれちまったしなー」

 溜息を吐くようにロマーリオは呟いた。


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卯月 静 (09/03/12)