Act.5 褒美






 東方司令部の昼下がり。
 司令官であるロイ・マスタングはだらけ切っていた。
 いつもならここで中尉のピストルから銃弾がロイに向かって放たれるはずだが、今日は中尉は非番でいない。
 部下達としては、ロイに仕事をさせてくれるリザがいないのはすごく不安だ。というか仕事にならない。
 ロイに仕事をさせれるのはリザくらいのものだろう。

「暇だな……」
「暇なら仕事してくださいよ。また中尉に怒られるッスよ」

 目の前に大量の書類があるのに暇だとは……。中尉がいないと本当にサボりまくっている。

「あ〜。そのうちやるさ、締め切りまでまだあるだろ」

 この台詞もいつものこと。こうやってだんだん書類がたまり、提出期限ぎりぎりになる。

 そこにノックとともにが入ってきた。
 そのとたんだらけ切っていた大佐が体を起こす。

少佐!」

 ロイはひどく嬉しそうだ。

「どうかしたのかね。それとも私に会いに!」
「書類にサインを貰いに来ただけです」

 ロイはが赴任してきたときから何かと口説こうとしている。
 本気なのかそれともそうでないのかは誰もわからないが、ロイがを狙っているというのは東方司令部中が知っている。
 は男女問わず人気があるのだが、ロイがに目をつけたと聞いて、その話が伝わるのは早かった。
 人の反応としては、「大佐に落とされる」が半分「大佐でも無理。というか無理であってくれ」が半分といった所だろうか。
 なかにはそのネタで賭けをしだすものも出てきている。

 で、とうの本人はというと。
 自信は大佐に靡いたようには見えない。この前も、ハボックは聞いてみたが、「落ちない女が珍しいだけ」と答えられてしまった。
 そのことからどうやらは大佐は暇つぶしに自分を口説いているのであって、本気ではないと思っているらしい。
 ふだん、女性に甘い言葉を掛け、いろんな女性とデートをしているとあれば信用するのも難しいだろう。
 がそう思うのも無理はない。

「ああ、じゃあそこに置いといてくれ」

 そことロイは書類の山のてっぺんを指した。
 はロイの机につまれた書類の山をみて唖然とする。

「……溜まり過ぎじゃないですか……?」
少佐。それいつものことッスから」

 ゆっても無駄だ。とハボックはいう。

「中尉に話は聞いていましたが、これ程だなんて思わなかったです……」

 大佐は仕事をためにためまくる。あまつさえサボることもある。
 と東方司令部の全員が口をそろえていっていたし、リザからもなかなか仕事をしなくて困る。と聞いていたが、大げさに言っているのだろうと思っていた。

「もうすぐ三時か」

 ロイがちらっと時計を見る。

少佐、三時のおやつにケーキでも食べに行かないか?」

 ロイはに会えばデートに誘う。
 の仕事が忙しいときは流石に誘わないし、部下の予定を把握しているのは流石だと思う。

「仕事が山積みなのに何言ってるんですか」
「こんな書類くらい、私ならすぐに終らせれるさ」
「……本当ですね?」
「ああ、もちろん。だから……」
珍しく今日はが断るだけではなかった。
これは、自分の誘いを受けてくれるのか?!とロイは期待していた。

「だったら、この書類の山がなくなったら、ティータイムをご一緒してもいいですよ」
「……本当だな?」
「ええ、もちろんです」

 がそういうやいなや、今まで手をつけるどころか見向きもしなかった書類に取り掛かる。
 それも、かなりの速さで、だ。

「いいんスか?」

 ハボックが唐突に聞いてきた。

「いいってなにが?」
「大佐本当にすぐ終らせますよ」

 とロイの方を見ながらいう。
 ロイは終らせると言ったら本当にすぐに終らせる。
 今までデートの予定が入っているから速攻で終らせるといったときは本当にあっという間に終らせていた。
 普段から真面目にやっていればいいのにとたびたび思う。
 で、やはり今もすごい勢いで書類を片付けている。

「でも、仕事は早く終った方がいいでしょ?」

 といいながら、は部屋を出た。




「よしっ!終ったぞ」

 そう言ってロイは最後の書類を処理済の束にのせる。

「さぁ、少佐。私と……。おい、ハボック。少佐はどこに行った?」

 必死に仕事を終らせて顔を上げるとそこには居なかった。
 まさか、さっきのは自分に仕事をさせるための嘘なのだろうか?

「あ〜、少佐ならすぐ戻ってくるって行ってましたからもうすぐ戻ってくるんじゃないッスか?」
「大佐、お疲れ様です」

 ハボックが答えたのとほぼ同時に、が戻ってきた。

少佐。さあ、私と、って何をしているんだね?」

 を見るとはテーブルの上にティーカップや皿を用意していた。

「ティータイムの用意ですよ」
「外に出かけるんじゃ……」
「ティータイムにお付き合いするとは言いましたが、外に出かけるとは言ってないですけど。それとも、私が淹れたお茶ではいけませんか?」

 はニッコリと笑って言う。

 やられた。
 たぶんに言ったのはリザだろう。
 ここで、ロイがNOというわけがない。
 と出かけられないのは残念だが、が淹れてくれたお茶が飲めるのだからよしとすることにした。
 こういうことも、全部リザの計算通りではあるのだろうけど。

「どうぞ、大佐」
「ああ、ありがとう。ん?これはいつものお茶とは違うような……」
「大佐が頑張ってたので特別に。このお茶は私の私物です」

 最初はが淹れたからと思ったがやはり違うらしい。
 明らかにいつも飲んでいるのより美味しい。

「そうか、どうりで美味しいはずだ。それに、少佐はお茶を淹れるのも上手だな」
「そうですか?気に入って貰えたようでよかったです」

 目の前でお茶を飲んでいるを見ながら思う。
 デートは出来なかったが、こうして一緒の時間を過ごせるのも悪くない。


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卯月 静