Act.6 指輪






 大佐の机の前に指輪が落ちていた。
 銀色のなんの飾りもないシンプルなデザイン。

「これ、大佐のですか?」

 指輪を見つけたフュリーはロイに見せる。
 一応、指輪に視線は向けるが覚えがないため「違う」と答えた。

「あら、名前が書いてあるみたいよ?」

 横で見ていたリザは指輪に何か文字が彫ってあるのに気づいた。

 たぶん、持ち主か、送った相手の名前が彫ってあるのだろう。
 リザはフュリーから指輪を受け取る。

「えっと……。名前は。消えかけてて読めないわね」

 指輪は少し古いものなのか、名前は消えかけていた。
 かろうじて、ファミリーネームは読めそうだった。

「……って書いてありますね」

 指輪に刻まれていた名は『』。
 それを聞いてロイはすばやく反応する。
 東方司令部での名を持つのはだけだ。

「では、それは少佐のか?」

 と書かれてあったのだから、指輪はに贈られたものか、もしくはが贈ったものの確立が高いだろう。

「そういえば、少佐、いつも首からリングを吊るしてましたけど、それでしょうか?」

 リザが言うには、はチェーンを通したリングを大切そうに首から吊るしているらしい。
 が持っていたということは、が誰かから贈られたものだろう。
 そして、重要なのは誰がに贈った物なのかということだ。
 指にはめてないところをみると、今恋人がいて、その恋人から、貰ったとかというのではないようだ。
 だが、昔の、ここ東方司令部に来る前の恋人ということは考えられる。

 その顔も名前も分からない相手にロイは嫉妬する。
 はロイのことを男としてみていない。
 何度かアプローチをかけるが全く答えてもらえない。
 この間やっと、少しだけがロイのことを見てくれたような気がした。
 そんなであるから、ロイはこの指輪を贈った相手が羨ましい。
 贈った相手が大切に持っていてくれている。これ程嬉しいコトはないだろう。

「私が持っていこう」

 リザから指輪を取り、執務室をでる。

少佐。私だ、入るぞ」

 医務室のドアを軽くノックして入る。
 医務室は綺麗に整えられてあり、清潔感があふれていた。
 というのがいつもの状態なのだが、今回は違っていた。

少佐、何をしてるんだ?」

 医務室にあるものは全て、まるでおもちゃ箱をひっくり返したように床に散らかっていた。
 そして、その床の真ん中で、は座り込んでいる。

「え?……あっ!大佐すみませんっ!」

 やっとロイが医務室に来たことに気づき、は慌てて片付けようとする。

「少佐……泣いて、いたのか?」

 の目に涙が溜まっているのをみて驚く。

「探し物がなかなか見つからなくて、少し……」

と恥ずかしそうに笑いながら言う。

「探し物はみつかったのか?」

 が探しているのはたぶん、今ロイが持っている指輪だろう。
 探し物の正体もどこにあるのかも、そして見つかったどうかも分かっているが、あえて聞く。
 我ながら意地が悪いと思うが、これで、この指輪がどういうものなのかが分かる。と思ってしまう。

「いえ……見つからないんです。いくら探しても……」

 ポタリとの瞳から雫が落ちる。

「どこを探してもっ! どこにも……」
「……少佐。探しているのはこれか?」

 ロイはの目の前に持っていた指輪を差し出す。

「これ……大佐が見つけて下さったんですか……?」

 は指輪を見つめたままだ。

「よかった……」

指輪を受け取ると、はホッとしたような、悲しそうな表情になった。

「大佐、本当にありがとうございました」
「そんなに、大切なものなのか?」

 が必死になって探す程のもの。

「大切な人から貰ったものですから……」

 は指輪を見つめている。
 の大切な人とは誰だろう。
 これ程に思われているのは誰なのだろう。

「恋人から贈られたものか?」

 ロイのその質問には少し驚く。

「どうして、そんなこと聞くんです?」
「その指輪の贈り主が羨ましいからだ。自分が想っている女性のことなのだから気になるのは当たり前だろう?」

「大佐には関係ないじゃないですか」
 そう言われると思っていた。
 だが返ってきたのは別の答えだった。

「恋人、じゃないです」

 はロイを見つめて、笑う。

「安心しました?」
「……ああ」

 ロイはかろうじてそう答えるしか出来なかった。

「じゃあ、片付けするので出て行ってくださいね」

 に促されて、ロイは医務室をでた。
 少しの間医務室の扉の前で立っていたが、執務室に戻ることにした。
 が素直に答えてくれて本来ならば喜ぶべきところであるのかもしれないのだが、なぜか今まで以上に拒まれたような感じがした。
 まるで、これ以上踏み込まないでと言っているようだった。
 彼女が言ったのはただ、ロイの質問に答えただけだったのに。

 この間、との距離が縮まったと思ったのは錯覚だったのだろうか。
 ロイはそう思わずにはいられなかった。


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卯月 静