Act.7 中央






 中央に向かう列車の中で、は物思いにふけっていた。
 自分はやっぱりあの人の事を忘れていないのだろうか……。
 もう、吹っ切れていたのだと、もう忘れることができたのだと、そう思っていた。
 だが、先日あの人から貰った指輪を無くし、目の前が真っ暗になった。
 あの人と自分を繋ぐ唯一のもの。

 ロイに「恋人か?」と聞かれ、なぜそうだと答えなかったのだろう。もちろん恋人から貰ったのではないが。
 そう答えていれば、ロイも諦めたのかも知れないのに……。
 でも……あの時はなぜか、ロイに自分の過去をあれ以上聞かれたくなかった。知られたくなかった。




「出張?」

 ロイは机の上の多量の書類に判を押し、サインをしている。

「ええ、中央に」
「そうか……」

 ロイはそれだけ言って、再び作業を再開する。
 おかしい。
 いつもであれば、何故だ?と聞くはずだが今回はあっさりしている。
 と何かあったのだろうか?

「あの……大佐。どうかなさったんですか?」
「いや。どうもしないが」

 ロイは顔を上げず、作業を続けたまま答える。
 長年ロイの元で仕事をしてきたリザには、ロイとの間に何かがあったということはすぐにわかる。
 それは他のメンバーも同じだろうが、ここで下手に尋ねて消し炭にされたのでは堪らない。あえて、聞くことは避ける。
 それをいとも簡単にやってのけたリザは流石というべきか。
 だが、リザもそれ以上は尋ねることなく、部屋を出た。
 リザの出て行った扉を見ながら、誰かに聞かせるわけでもなく呟く。

「何かあった方がまだましだったな……」

 と自分とには何も無かった。
 の落とした指輪を持っていったのがロイだから、部下たちはと何かあったのだろうと思っているのだろう。
 だが、何も無かったのだ。
 感謝され、二人の関係が親密になるでも無し、逆に悪くなるでもなし。
 ただ、拾ったものを返しただけ。ただそれだけだ。
 あの時、の言葉はロイとの間に何か見えない壁のようなものを作っていたように感じたが、とは相変わらずだし、あの後のの態度もいつもと何も変わらない。
 何かあれば行動も起こせるものを、何もないから行動が起こせない。
 相手がいつもどおり振舞うのなら、こっちもいつもどおり振舞わないといけない。

 百戦錬磨のロイにとっては珍しいことだ。
 自分でも不思議に思う。
 どうして自分はに惹かれるのだろう。最初はどこかで会ったことがあるという感覚が気になっていただけだったのだかが……。

「私らしくないな……」

 いつもの、ロイ・マスタングはどこにいったのだろう……。
 そう思いながら、ロイは机にある最後の書類に判を押す。




 列車が中央の駅に着く。確か迎えの人物が来ているはずだ。

「よう!!」

 後ろから軽快な声とともに肩を叩かれる。

「ヒューズ中佐!お久しぶりです」

 の前にいるのは、マース・ヒューズ中佐。
 が東方に行く前、中央にいる時によく世話をしてくれた人物だ。

「まだ時間あるだろ?折角だから俺の家によってけ、グレイシアとエリシアが会いたがってる」

 グレイシアはヒューズの奥方で、その娘がエリシアだ。
 ヒューズと付き合いが長ければ(さほどながくなくても)この二人の名前は幾度と無く、ヒューズから聞くことが出来る。というか、聞かされる。延々と、妻と娘の自慢というか惚気を。

「すいません。今からよりたいところがあるので、今夜でもいいですか?」
「ん、別に構わないぞ。どうせならウチに泊まっていけ」

 幸い、まだホテルの部屋も取ってなかった為、ヒューズの言葉に甘えさせてもらう。

「じゃあ、また今夜」

 ヒューズに一言いい、は中央の町の外れに向かう。
 着いたのは、一つの墓の前。その墓標に名前は刻まれてはいない。  は買ってきた花を供える。
 そして、暫くの間、そこに立っていた。
 視線は名も無い墓標を見つめたまま。




「いらっしゃい、ちゃん」
「今夜はお世話になります」

 ヒューズの家に行くと、グレイシアが笑顔で迎えてくれた。
 中央にいる時は、よく来ていたので、グレイシアとは顔見知りだ。

、東方はどうだ?」

 夕食の後、ヒューズが問う。

「なかなか、いいところですね」

 東方は治安が悪いといわれているが軍と住民の関係はさほど悪くない。

「司令部の指令官にはあったか?」
「ええ、一応……」

 そういえば、大佐と中佐は知り合いだと聞いた。

「口説かれただろ?」

 ヒューズはにやにやと笑いながら言う。
 そんなヒューズを睨む。

「だと思ったぜ」
「ヒューズ中佐から大佐に言ってください。あれじゃ仕事にならないです」
「それは無理だな」

 とヒューズは笑いながら言う。
 その様子をみて、はため息をつく。
 この人は、面白がっている上に、ロイを止める気は無いようだ。

「ロイのこと嫌いなのか?」
「い、いえ……そんなことは無いですけど……」

 ロイが嫌いなわけではない。
 でも、好きなのかどうかは分からない。

 ロイが自分に好意を持ってくれていることを嬉しく思う自分がいるのも事実だ。
 だが、この前のことで、自分はまだ、あの時のことを忘れてないのだと、そう思い知らされた。
 また、失ってしまうかもしれない……。
 今度、大切なものを失ったら、私は立っていられるのだろうか……。


Next 戻る

卯月 静