Act.8 記憶






 はあまり中央に長居したくは無かった。
 中央には会いたくない人が多くいすぎる。
 だが、軍人で、しかも医者となれば中央に来なければいけないことも多くある。
 だから、できれば来なくてもいいものであれば手紙などで、済ますのだが、どうしても来なければいけないものもあるわけで、そういうときだけ来ていた。
 もちろんこの間まで、中央勤務だったがその時は民間の医者の代理として、軍から派遣されていたため、会いたくない人物達と顔を合わすこともなかった。
 が会いたくないのは全員軍人。
 そう滅多に一般の病院で会うことも無い。

「……だから来たくなかったのに……」

 は声を掛けられた人物を見ながらため息をついた。
 の会いたくない人物リストにほぼ一番に名前が載っているであろう人物。
 軍の最高権力者。大総統。
 キング・ブラットレイ、その人がいた。

「やあ、少佐」

 大総統はニコニコとに挨拶をしている。

「お久しぶりです」

 は挨拶をして、横を通り過ぎる。

「どうだね、東方司令部は」
「なかなか良いところですね」

 振り返り、答えを返す。

「そうか、それはよかった。だが、私としては君の舞いをもう一度見たいのだがな」

 その、言葉にの瞳は鋭くなる。

「もう舞うことはありません」
「それは残念だ」

 そうはいうものの、さほど残念そうにも見えないまま、大総統はその場から離れていった。
 はその場に立ち尽くしたまま、握っていた拳に力を込める。
 の手は紅く染まっていた。




「お世話になりました」

 駅のプラットホームで、はヒューズ一家に挨拶する。
 エリシアが寂しそうにしている。始め、もう少しいて!と泣いていたのだが、また来るから。となんとか宥めた。

「じゃあ、またいつでも来いよ」

 ヒューズたちに見送られながらを乗せた汽車は発車した。
 窓から外の流れていく景色を眺める。
 それと同時に、大総統の言葉が横切る。

「私が再び舞うことなど……」

 再び戻って一体何になるのだろう。
 もう一度あんな思いをしろというのだろうか……。
 あの時とは違う。
 今の自分はあの時の自分ほど弱くはない。
 そうわかってはいるのだが、どうしても、記憶から消えない……。


 中央に行く時とは違った思いをめぐらせながら、を乗せた汽車は東方に向かった。


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卯月 静