Act.10 発火






「よく来たなぁ。ロイ・マスタング」

 この事件の首謀者であろう男は満足そうに笑っている。

「さすがの大佐さんでも、自分の恋人が危ないと見捨てる、っつーことしねぇーんだな」

 男はにやにや笑ったままだ。

「ここで、貴様と話しに来たわけではない。さっさと彼女を放してもらおうか」
「ふん、いいだろう。おい、連れて来い」

 男手下であろう男に言う。
 その手下が連れてきた女性は間違いなくだった。

「マスタングさんっ!」

 「少佐」とロイは言おうとしたのだが、の声で遮られてしまった。
 まさか、「マスタングさん」などとから呼ばれるとは思っていなかった為、多少驚いたし、止まってしまったがすぐにの言いたいことがわかった。
 何故彼女が「大佐」ではなく「マスタングさん」と呼んだのか。

「怪我はないか?

 の言いたいことがわかったロイは普段であれば間違いなく本人から睨まれるであろうが、ファーストネームで呼んだ。
 ロイのことをあんな風に呼んだ理由はきっとがロイの恋人だと思われている事と、が軍人だとばれていないからだろう。
 一般人はいくら恋人が軍人だからといって階級で呼んだりはしないだろう。
 階級で呼ぶということは多少なりとも軍に関係していた証拠だ。
 だから、は階級で呼ばなかったのだ。

 としては不本意かもしれないが、ロイは嬉しかった。
 作戦にしろなんにしろ、に階級意外で自分のことを呼んでもらえたのだから。

「ええ、大丈夫よ。マスタングさんこそ無理をしないで。危険だと思ったら手を引いていいから。私のことは気にしなくてもいいわ」
「くっくっくっ。だとよ、マスタング大佐。健気だねぇ〜」

 男にはどうやら、がいざとなったら自分が犠牲になる。といったように取ったようだ。
 確かに、その可能性もゼロとはいえないだろうが、限りなく低い。
 それに、先ほどのの言葉そういったことを言ったのではないだろう。
 だが、ここはさっさと片付けてしまいたい。
 そう考えながら、の方に目をやると目が合った。
 真っ直ぐ自分を見つめてくる、海より深い青い瞳。
 思わず引き込まれそうになる。
 そして、の瞳を見ていると、会話はしていないが、こっちの思った通りに動いてくれると、確信があった。
 ロイはフッと微かに微笑む。
 それとほぼ同時に、も微笑んだ。
 ロイ意外に向けられたのではない、作り笑顔でもない、ロイにだけに向けられた微笑。

 その直後、の体は低く沈んだ。
 そして、同時に男に足払いをかける。
 予想もしていなかことに、男は思いっきりの足払いを受け倒れる。
 ロイはそれを見て、素早く焔を練成する。
 焔はに向かって行き、の横を掠め、後ろにいた男に直撃する。
「てめぇ……!」
 頭は起き上がろうとしたが、その顔にの銃口が向けられていた。

「っのアマがっ! てめぇ、軍人だったのかっ!」
「残念だったね。私は民間人だと言った覚えは無いけど?」

 はニッコリと微笑む。




「体術もなかなかのものだな」
「医者といえど、一応は軍人ですので。ですが、助けていただいて、ありがとうございました、マスタング大佐」

 「大佐」というところを強調し、ロイに言う。

「おや、もう名前では呼んでくれないのか?
「あれは、やむ終えずです」
「それは、残念だな。だが、どうせ呼ぶなら『ロイ』と呼んで欲しかったな」

 「恋人同士なのだから」と言う。

「恋人同士ではなく、ふりですっ!」

 は即効否定する。

少佐。その傷は……?」

 見ると、いつの間にか傷が出来ていて、血が出ていた。

「大丈夫ですよ、このくらい。私は医者なんですから」

 それほど大した傷ではない。
 これくらいならすぐに治るだろう。
 そう思っていたら、いつの間にかロイはの手をとっていた。

「大佐?……なっ!?何するんですかっ!?」

 は真っ赤になりながら、手を払った。

「消毒だ」

 と言って、ロイはの手の傷に口付けたのだ。

「かっ、からかわないで下さいっ!」

 といって走ってその場を離れる。
 ロイからは見えないであろう所まで行って息を整える。

「何なの、一体……」

 手が熱いのは傷のなのか、それとも…………。


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卯月 静