Act.13 不覚






 頭が痛い……。
 なんだか、ふらふらするような気がする……。
 そんなことを思いながらは医務室に向かっている。

 「医者の不養生」

 ふとそんな言葉が頭をよぎった。
 は一応医者だ。だから今の自分の状態がわかってはいた。何故、頭が痛くて、ふらふらするのか。
 答えはいたって簡単だ。

「やっぱり……熱がある……」

 体温計を見ながら呟いた。
 ふらふらになりながら、医務室についたは一応熱を測ってみることにした。十中八九、ほぼ確実に熱があることはわかってはいいたが、自分のことの場合間違っている可能性もある。

 自分以外を診察するときは冷静になって診察するが、自分の場合は明確な数字を見ないと「これくらい大丈夫」と思ってしまう。
 数字を見れば少しは冷静になるし、流石に自分のことといえど無理をしていいかどうかくらいわかる。
 と、に医療を教えてくれた人物は言っていた。
 熱があるのなら今日は帰るべきだ。
 医者としての診断はそう思ったのだが、明日なら変わりの医者に頼めばいいが、今日自分が帰ってしまえばここには誰もいなくなる。
 仮にもここは軍部で、練習や事件などで怪我人はくることが多い。
 人が来た時に医者がいなければ困るだろう。

 これくらいならまだ、大丈夫。
 そう思い、は勤務時間中はここにいることにした。




 ロイは廊下をあるいてるを見つけて声をかけようとした。
 しかし、の様子はどこか変で、ぼーっとしているようだった。
 何か、あったんだろうか?
 そう思っているうちにを見失ったが、医務室に行けば会えるだろう、と気に留めず、執務室に戻った。
 執務室に戻ると、書類を大量に抱えたリザが待っていた。
 予想はしていたが、実際に目の当たりにすると、イヤになって逃げたくなる。
 もちろんリザが逃げさせてはくれないが……。
 しぶしぶ、ロイは書類を片付けていくことにした。

「そういえば……」

 ふと、リザが呟いた。

少佐大丈夫だったのかしら?」

 誰に言うといったことではなく、独り言として呟いたのだが、の名前にロイは反応した。

「中尉?大丈夫と言うのは?」
「昨日のことなんですが、少佐がびしょ濡れで戻ってらして。一応私の軍服の予備をお貸ししたんですけど、かなり長い時間濡れたままでいらしたようなので、風邪でもひいてないかと……」

 その話しを聞いた瞬間、ロイは先ほどのの様子を思いだした。
 ぼーっとしたように歩く。今思えば顔もどこか赤かったような気もする。
 そう思いたって、ロイは立ち上がった。

「書類は戻って仕上げる。少し医務室に行ってくる」

 リザは聞いた瞬間またサボるのか、と思ったがロイの険しい表情と声で違うのだと悟った。
 ロイは部屋をでて真っ直ぐ医務室に向かった。

ッ!!」

 バンッ!!と強く開けられたドアの音に、は驚く。
 いったい誰が入ってきたのだろうと思い見てみると、そこにいたのはロイだった。

「大佐……また、サボリですか?早く戻らないと中尉が」
「早く、帰るんだ」

 「中尉が怒りますよ」というの言葉は遮られた。
 しかし、いきなり入ってきて、「早く、帰れ」とは本来のなら怒るところだ。
 しかし、今回はロイが何故帰れといったのか、というのは分かった。

「いきなり帰れだなんて、一体何ですか?」

 分かってはいたが言われた理由が分からない振りをする。

「中尉に聞いたが、昨日は濡れて戻ったそうじゃないか」
「ええ、そうですけど」
「その所為で今熱があるだろう。早く帰って休むべきだ」
「確かに熱は少しありますけど、そんなに大したことはないですし、明日は変わりの方に着てもらって休みますから大丈夫です」

 その言葉にロイは顔をしかめる。素直に帰るとは言わないだろうとは思ったが、どう見ても今のの状態は大丈夫なようには見えない。

「意識もぼーっとしている状態なのにか?」
「それは大佐の気のせいですよ、意識もはっきりしてますから」

 ロイはのところに行き、腕を掴む。
 の腕はかなり熱く、明らかに熱があった。

「いい加減にしろ。明らかに熱がある病人に他の患者の診察が勤まるのかっ」

 熱のある医者に診察してもらうなど、普通患者なら不安になる。
 それだけならいいが、ぼーっとした状態では誤診もありえるのだ。
 そのことは自身は分かっていた。

「ですが、医者がいなくて困るのも患者です」

 確かに、医者がいければ急な怪我人の時は困る。
 だが、目の前にいる自身が病人なのだ。

「いい加減、放して……っ?!」

 ロイに掴まれた手を振り解こうと立ち上がった瞬間、眩暈が襲い、は座りこんでしまった。
 ロイは溜息をつく。

「ほら、そんな状態では仕事にならないだろう?患者が来るのが心配なら、とりあえずベッドで休んでるんだ。緊急の場合は起こすから、少しでも体を休ませなさい」

 こうなってしまっては観念するしかない。
 自分自身休息が必要なのはわかっていたからこれ以上はロイに反論することは出来ない。

「……わかりました。少し休みます」

 の言葉を聞き、ロイはを抱き上げた。
 もちろん、は慌てる。

「た、大佐?!あのっ、私歩けますからっ!」

 の言葉はお構いなしに、ロイはベッドまで運びベッドの上に下ろす。
 は下ろされた後、布団の中に入った。

「ゆっくり、休めばいい。少しの間は私がいるから」

 「仕事があるじゃないですか。また、中尉に怒られますよ」と言おうと思ったが、熱からくる睡魔の所為で、そのまま眠ってしまった。
 ロイは暫く、の寝顔を見ていたが、完全にが寝ると、残った仕事を片付けるために、執務室に向かった。


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卯月 静