出航前の四国の港は活気に溢れていた。
もう直ぐ、大海原に旅立つのだ。ずっと陸にいて、早く海に出たい、と思っていた男達が盛り上がるのも無理はない。
それはこの地を治める長宗我部元親自身も例外ではない。
これからの旅が楽しみでしょうがない、といったようで、本人が知らないうちに、彼の口もとは弧を描いている。
「野郎共っ! 気合い入れていくぜぇ!」
「おーーーーーーっ!!!」
男達は一声に声を上げた。
船に乗っているものは誰もかもが元親を尊敬して、慕っている。
空は晴れ渡り、雲一つない快晴。
風も程よく吹いており、波も穏やか。
「絶好の航海日和だな」
空を見上げて、呟く元親に、部下が報告にやってきた。
「アニキっ!!」
「どうした?」
「コイツが船に潜り込んでまして……」
曲者か? と、部下が連れてきた者を見る。
だが、そこに居たのは子供。まだ元服前の男の子だった。
「餓鬼じゃねえか……」
「俺は餓鬼なんかじゃねえっ! 俺だって四国の男なんだ!」
「口だけは一人前か」
子供の考えとはなんて安直なのだろう。とかつての自分も含め呆れた。
この少年の気持ちも分からなくはないが、ここは子供の来るところじゃない。
しかし、このまま、海に放り投げるほど非道でもなかった。
「ったく。ここは餓鬼の遊び場じゃねえぞ」
「餓鬼じゃねえ!」
それでも、子供じゃないと主張する少年の頭を片手で掴み。目を合わせる。
「餓鬼じゃねえってんなら、今すぐ、この船に密航した罰を受けるか?」
部下思いで、皆に慕われてる元親だが、これでも、諸国には鬼と恐れられる武将だ。
凄みを利かせ、見る瞳に捕らえられれば、子供じゃ飲まれてしまう。
「…………」
怯えて何もいえなかった少年に、手の力を緩め、今度は優しく言う。
「そんなに急ぐな。もう少し大きくなったら船に乗せてやっから、今は自分のできることをしろ」
少年はコクリと頷き、同時に「ごめんなさい」と言って、泣き出した。
泣き出す少年に、元親は慌てた上に、部下達に。
「アニキー。子供泣かしたらいけませんぜー」
と散々言われた。
少年には甲板にはなるだけ出ないように、いいつけて、部下の一人に任せた。
すでに、沖にでてから、大分経っていたから、引き返すのは無理そうだと思ったのだ。
偵察がてら、すこし航海したから引き返して、少年だけ下ろして再び海に出ればいい。
だが、こういう時に限って、雲行きというものはおかしくなるもので、先ほどまでの晴れ空はどこえやら。空は暗雲立ち込め、ポツポツと雨まで降ってきた。
「ついてねえなぁ」
折角の航海日和が台無しだ。
久しぶりの海で、天気もよく。少年が潜り込んでいたというちょっとした事件があったものの、気分良く航海していたというのに。
そんな風に思っていると、遂に雨風は強くなり、とうとう嵐になってしまった。
「おい! 野郎共っ! 気抜くんじゃねえぞ!」
「任せてくださいっ! アニキ!」
帆をたたみ、船の舵を取り、できるだけ、被害を最小限に抑える。
ここで、船が難破してしまっては元も子もない。
「おい、大丈夫か?」
甲板の隅に、少年はうずくまっていた。
穏やかな海の上では平気だったが、この荒れ狂う波で船は大揺れに揺れ、酔ってしまったようだ。
少年の顔は青白く、苦しそうだが、元親には何もしてやれない。
せめてもと、少年の背をさすってやる。
「もう少ししたら、嵐も納まるからな」
元親が言った瞬間、船が今まで以上に大きく傾いた。
予想もしていなかった揺れに、元親はなんとか持ちこたえたが、少年は反応できず、海に投げ出された。
「くそっ!!」
元親は手を伸ばして、少年の着物の襟を掴む。そして、そのまま後ろに引っ張った。
少年は甲板の上に投げられ、側にいた部下が上手く受け止めた。
しかし、少年を投げた反動で、元親は嵐の中の海に放りだされた。
「アニキッ!」
「心配すんな! 俺は大丈夫だ! 直ぐ戻るから、一回陸に上がって待ってろっ!」
心配する部下達をよそに、元親は叫ぶ。
こういう自体が過去になかったわけではないし、元親はかなづちではない。
波が大きく、船と次第に離されていき。最後には船は見えなくなった。
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卯月 静 (07/02/25)