数日後、元親の部下達が彼を迎えに来た。
皆元親のことが心配で仕方が無かったといったようで、元親の姿を見つけたとたん、
「アニキーッ!!」
と泣き出す者もいた。
大の男、しかも、海のいかつい男達が男泣きしている光景というのは、ある種異様に映らなくもない。というか、異様だ。
部下達が泣き出した時はさすがにも驚いていたが、それもすぐに慣れたのか、微笑ましいといった眼差しで見ていた。
対して、元親はというと、嬉しくもあり、同時に気恥ずかしくもあった。
照れて気恥ずかしいというだけでなく、原因は他にもあった。
かっこよく少年を助けたはいいが、何の策もなく、海に落ち、そして、結局の世話になったことだ。
あれはとっさに体が動いたのだから、何も考えず飛び込んだことは不思議ではない。とっさに、部下に心配させまいということが頭を過ったから、一応の指示はだしたが、その後は何も考えてなかった。
最終的に目を覚ました自分はの世話になっていた。
ところで、元親が助けた例の少年だが、部下の話によると、無事に陸に戻り、無謀なことをしたと反省し、今は陸で元親が帰ってくるのを大人しく待っているらしい。
海の男になることを諦めたわけではないが、今はムリヤリついていっても足手まといになると身にしみたらしい。少年は出来る限り今自分にできることをし、そして、船に乗れるようになる時には即戦力になるとがんばっているということだ。
自分を庇って元親が海に落ちたことを酷く気にしていたらしいから、戻ったら一番に安心させてやらないといけないだろう。
しかし、少年と同じ歳くらいの自分は大人しかったことを思えば、あれだけ無茶できるのは羨ましいとも思う。
もちろん、元親が大人しかったのには彼なりの理由があったのではあるが。
「世話んなったな」
「いいえ。道中お気をつけて下さい」
「ああ、ありがとな」
船に乗り込み、城へと進路を取る。
偶然にできた出会い。これで二人の関係は切れてしまう。
偶然にできたものだから、それも仕方が無い。短い時であったが、過ごした日々は美しい思い出となる……。
といった、感傷的な結末にもならず、元親とは交流が続いていた。
元親は城に戻ったし、はあの神社で暮らしている。
城に戻って暫く経ったあと、元親は文をしたためた。相手はだ。
世話になった礼にと、航海で見つけた珍しい装飾品と共に送ったのが始まりだ。
他意があったわけではないが、からの返事が来、そのまま終らせるのが勿体無いと感じたため、また文を送った。
そして、今は頻繁に文のやり取りが続いている。
元親が筆まめであることには驚いていたが、元親からしてみれば、日常のことだった。
もちろん、このことは城中に知れ渡っているし、古参の者などは、「姫若子」の話題をだして、元親をからかうものも居なくはない。
からかった者はきっちり睨み聞かせてはあるから二度目以降にからかってくる奴はいない。
「また昔みたいな真似するとは思わなかったぜ」
文を書きながら呟く。
「姫若子」と言われた自分も今は立派な海の男で、あの時の面影はない。
部下からは「アニキ」と慕われているのだから、そのような雰囲気など微塵もないはずだ。
今まで、これほど豆に筆をとったことも無い。
もてない男が必至に関係を保っている図のようにも感じて自嘲気味に呟いてみたものの、言葉とは反対に口元はニヤケていた。
楽しくって仕方が無いといった感じだ。
その様子は恋する男の物に見えなくもなかったが、それに元親が気付くはずもなく、その場には誰も居なかったから、指摘するものもいなかった。
に助けられて結構たったし、かなりの数の文のやり取りはあった。
城の政も今は落ち着いているから、そろそろに会いに行くのもいいかもしれない、と元親はそう思い初めていた。
思い立ったら吉日というわけでもないが、の元に行こうかと考え始めて数日経たぬうちに元親はのいる神社の前に立っていた。
文は出さずきたから、はここに元親がいることは知らない。会えばさぞ驚くだろうと、イタズラを企てる子供のような心境だった。
「お待ちしておりました、元親様」
が、驚かされたのは元親の方で、は戸口に立って、元親を迎えた。
「さあ、中へどうぞ」
固まってしまった元親を中へ入るように促す。
クスクス笑っているところを見ると、はで驚くだろうと思って敢えて待っていたらしい。
「何で俺がくることが分かった?」
部屋に通され、腰を下ろすと、茶を出してくれた。
その茶に口をつけながら問う。
「何となく、そんな気がしたからです」
しかし、の答えは的を射ない。
さらに言及しようとしたが、にっこりと微笑むをみると何故かそれ以上聞けなかった。
その笑みがこれ以上聞くなと言っているのがありありと分かったからだ。
「ところで……」
話題を変える為と、先ほどから気になっていたことを尋ねる。
「あれは何だ?」
元親があれと指指したのは一枚の着物。
別にの家に着物があった所でさして驚くことではないのだが、問題はその着物の色。
着物の色はどこからどうみても白。
そう、掛けられているのは白無垢。
「白無垢ですが?」
そも不思議そうに答える。それも無理はないだろう。元親が白無垢を知らぬはずはないのに、何かと問うてきたのだから。
しかし、は元親の問いがそういう意味でないことは重々承知していた。
だが、何故か元親と話すとからかってしまいたくなるのだ。
自分よりも年上のしかも、屈強な男。なのに、には元親は可愛いと映ってしまう。
「俺が言ってるのはそういう意味じゃねえ」
「ええ、分かっておりますよ。あれは三日後に着るものです」
元親は元親でに遊ばれているのは分かってはいるが、何故か怒る気にはなれない。
彼女が相手であれば甘んじてその扱いでもよいかと思ってしまう。
しかし、先ほどのの答えは聞き捨てならない。
「嫁に行くのか?」
「鬼の嫁になる者が着るのですよ」
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卯月 静 (07/09/06)