「西国の鬼」と名乗っているのは自称なわけではない。
周りも元親のことを西国の鬼だと認識している。それは間違いない。
となると、「この四国で鬼といえば?」と尋ねれば元親の名前が返ってくるに違いない。いや、間違いなく返ってくるのだ。
が、元親の元に嫁が来るなんて話はない。
そもそも、まだ嫁というか、室を取る気はないのだ。それがいくら美姫であろうと断るだろう。
しかし、は先ほど「鬼に嫁ぐ」と言わなかったか? そうなると、鬼とは一体誰のことなのだ。
「元親様?」
思考が止まってしまい、固まった元親に声をかける。
はっとすると、眼前にの顔があった。
思わず身を引いてしまったが、は何故元親が固まったのか察したらしく、笑っている。
と話すと元親はずっと笑われてばかりだ。もちろん、泣き顔をみるよりも、笑った顔を見るほうがいいに決まっているが。
「鬼といっても、元親様のことではありませんよ」
「あ、ああ。それは分かってる」
分かってると言ったが、チラリとでも、自分のことか? と頭に過ぎったために、少なからず動揺はしていた。
「そもそも、あれは私が着るものでは御座いませんから」
「……違ぇのか?」
ここにあるからてっきりが着るものだと思っていた。だからこそ、鬼にと告ぐ云々と言った時に、が嫁ぐのだと思ったことも、元親の動揺の原因になったのだ。
「ええ、あれは……」
「様失礼しますっ!」
の言葉を遮って入って来たのは、村の若者。彼は血相を変えている。
「あ、すんません、お客様でしたか……」
「構いません。何があったのですか?」
駆け込んだところに、元親がいることに気付き、若者は一瞬言うべきか戸惑った。しかし、それを気にせず、は答えるように促す。
「は、はい。それが……、花嫁になるはずだった娘が逃げ出しました……」
若者はすがるようにに視線を送る。
は若者の言葉を聞いても少しも驚かない。
「……そうですか。では、私が変わりに行きましょう。元々護衛として行く予定でしたし」
「え!? しかしっ!」
「私も一応この村に住んでいる娘という条件には当てはまります。何も不都合はないでしょう?」
「分かりました……」
の態度に押され、若者はしぶしぶ了承する。きっと、村の皆に報告に行くのだろう。
「……と、いう事ですので、折角来ていただいて申し訳ありませんが、今日はお帰り下さいますか?」
「何が、という事で、だ。何もわかんねぇよ」
元親とて馬鹿ではない。先ほどの流れで、鬼に嫁ぐはずだった娘が逃げ、その代わりに護衛として行くはずだったが変わりにいくことにした。
それは分かる。しかし、元親は今だに鬼が何なのか、どうしてこういう事態――鬼に嫁ぐことになったのか――を聞いていない。
それで、はい、お帰り下さいと言われて、すごすごと帰る元親でもない。
「先ほどの様子でお分かりになりませんでしたか? 元親様ともあろうお人が」
さも意外だと言わんばかりの言葉だ。
「分かるわけねぇだろ。……話せ。じゃねえと、話すまで俺は帰らねぇからな」
子供が駄々をこねているような言葉だが、は溜息を一つつき、話し始める。
「鬼、と言っても、伝承にあるような、あの鬼とは違いますし、元親様のことでもありません」
次へ 戻る
卯月 静 (07/09/09)