数週間前。村人が山の中で何者かに襲われた。
襲われたものは命からがら逃げ出し、怪物のように大きな男に襲われたと村人に言った。
その時は熊でも見間違えたのではないかと、周りの者は笑っていた。
しかし、その数日後、今度は別の者が襲われた。その者も大きな男に襲われたのだと。そして、彼はあれは鬼だと言った。
そして、それが数回続き、誰もが、鬼だと口々に言う。
襲われた者は金品を奪われていたから、これは山賊の仕業ではないか、と言うことで、このまま黙っているわけにはいけないと、数人が退治しに行くことになった。
もちろんたかが山賊でもただの村人だと敵わないかもしれない。
そこで、少し離れた町に住んでいる武士に退治を願い出た。
その武士は快く承諾し、村人と共に山に入った。残った村人はこれで安心だと思った。なんせ侍がついているんだ、負けるわけがない、と。
「ですが、結局退治することはでませんでした」
は淡々と続ける。
退治に言った者達の殆どは殺され、最大の戦力であった侍も帰ってこなかった。
ただ一人の者だけが戻ってきて、言ったのだ。
「『村の娘を一人差し出せ』と。それで、くじで決まった者がいたのですが、先ほど逃げ出してしまったようです」
「……ちょっと待て、相手は山賊だろ? 何で言うことを聞く」
「山賊でも鬼でも関係ありません。皆自分の身が可愛いですから。鬼は約束してくれたそうですよ、『娘を差し出せばもう村人は襲わない』と」
「それを信用するのか?」
「非力な村人は信用しないわけにはいきませんから。侍でもダメだったわけですからね」
元親はまったく腑に落ちなかった。
住民に戦闘力があまり無いのは分かってはいる。
だが、元親は長宗我部軍の頭で一領具足という体制を取っている。
普段は農民として畑仕事をし、戦の時は兵として出る。元親の部下の大半がそれだ。そのため、農民でも十分戦えることを知っている。
この間も、北の方で起こった一揆に伊達軍が手こずらされたと聞いた。結果は伊達が勝ち、姫を一人連れ帰ったらしい。
話は逸れたが、農民でも十分戦えるということだ。
「だが、どうして、お前が行く必要がある。他にも娘がいるはずだろう」
「先ほど申し上げましたが、元々私も着いていく予定だったのです」
そうだ、確かにはさっき「護衛として行く予定だった」と言った。
だが、が花嫁として行くことは先ほどの村の若者も賛成ではなかったようだ。
「それは、鬼を退治できる可能性が減るからですよ。私は付き添いとして、行って、鬼をその場で仕留める役ですから」
あっさりと言ってはいるが、それは大変なことなのではなかろうか。
失敗すればも危ないではないか。
「着いていくのではなく、花嫁そのものになっただけ、何も問題はありません。失敗した所で私だけで済みますから」
「そこまでして守りたいモノがここにあるのか?」
「村自体に思い入れはありません。私はここで生まれたわけではないので」
はっきりとした口調で言う。その言葉に嘘はない。村に迷惑をかけないために言っているわけではないらしい。
「なら、何故だ?」
「引き取ってくれたここの神主にはお世話になりましたから」
少し寂しそうに答えるを見て、元親まで悲しい気持ちになる。
そういえば、ここの神主の顔は見ていない。
「養父(ちち)は数年前に亡くなりました」
元親が聞きあぐねていると、はすーっと答える。しかし、今までのようにさらっと答えていたときと違い。辛そうでもあった。
「悪ぃ……」
「気になさらないで下さい。それに、鬼退治についても心配はありませんよ。これでも、腕には自信はありますから」
に何か自分がしてあげれることはないか。
自分にできること……そんなのは一つしかない。
その答えに思い至ると、自然に言葉が出ていた。
「鬼退治なら、俺がやってやる」
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卯月 静 (07/09/11)