「おい、。可笑しくねぇか……」
「いいえ。似合っておいでですよ」
「………………」
鬼の住みか、つまりは山賊の溜まり場の近くにある指定された場所。そこへ向かう途中、元親はに尋ねた。しかし、返事は元親が返ってきて欲しいものとは違っていた。
「俺がこの格好をする意味があるのか?」
「男は付いてくるな、という約束ですからね。これしか方法はないでしょう」
「だからって……」
だからって、どうして、自分が白無垢を着なければならないんだ……。
もっと他にもバレない方法はあったんじゃないか、と思う。
元親は既に、鬼退治をしてやると言ったことを、後悔し始めていた。
付いていくものは女のみ、ということで、付いていこうにも元親は付いていけなかった。そこで、どうするかということで、男とばれなければいいのだとが提案したのだ。
通常の着物では男とばれてしまう。が、花嫁衣裳となれば、顔も隠せる。多めに着物を重ねれば体格もばれない。
あとは化粧をすればばれることはないだろう。
ということで、元親は白無垢を着せられた。さすがに顔を上げないからと、必至に抵抗し、化粧だけは免れた。
女の格好をするのはとうの昔に止めたはずなのに、こんなとこは部下には見せられない……。
「元親様。いい加減腹を括って下さい。西国の鬼とあろう方がこのようなこと如きで落ち込むなんて、部下の方が見たら嘆きますよ」
元親を慰めているのか、奮い立たせようとしているのか、そのどちらかなのかは分からない言葉が元親に掛けられる。
が、の目は面白がっているようにも見える。
こんな格好をさせられれば、元親でなくとも落ち込むに決まっている。
「元親様がそのような格好をする羽目になったのも、鬼のせいですから、怒りは鬼に」
「言われねぇでもそうするさ」
そう、もとは鬼だかなんだから知らないが、村人を襲い、娘を欲したヤツラが原因だ。こうなりゃ只で済ます気はない。
「へぇ〜。別嬪さんが二人もたぁ〜村のヤツラのよっぽど俺等が恐ぇんだなぁ〜」
声と共に数人の男達の姿が現れる。どいつも、こいつも、下品な笑いを貼り付けて、と元親の品定めをしている。
皆体格はいいが、鬼を言われるような大男はいない。
「こんなにめかし込んでるのに可哀相になぁ」
一人の男が言うと、周りの男達も笑い出す。
元親の部下達は決して育ちはよくない。が、こいつらはそういった次元の話ではない。不快でしょうがない。
しかし、山賊を一気に叩くためにはこれも我慢しないといけないんだろう。
「付いて来な、鬼に会わせてやるよ」
言った男の後についていく。その間男達はニタニタと笑いながら、達の後ろについてきていた。
着いたのは洞穴のようで、そこに鬼がいるのだという。
「お連れしました」
男は似合わない丁寧な口調で、奥にいる人物に声を掛ける。
「よくやった。初めまして、お嬢さん方」
奥から出てくると、明かりで段々と顔が分かってくる。
そして、その顔には見覚えがあった。
「といっても、本当に初めましてというわけではないか。ここは久しぶりと言った方が正しいね」
他の男達とは明らかに違う上品で柔らかい物腰の男。
山賊達とつるむにはあまりにも似合わない。それは彼の物腰だけでなく、その服装からも感じ取ったことだ。
彼は明らかに侍だ。侍崩れではなく、れっきとした侍だ。
そのまま町を歩けば、十人が十人彼が侍だと言い、山賊をつるんでいるとは思うまい。
「何故アナタがここに?」
「ああ、君はあの神社の巫女だったか。まさか君が来るとは思わなかったけど」
そのやり取りに、元親は驚く。
の様子は意外な者に会ったといった感じには見えなかった。が、ただ、その驚きを隠しているだけかもしれない。
しかし、この様子だと、とこの男は顔見知りと言うことになる。
「最初から計画のうちだったのだよ。全て、ね」
男は自分の計画が成功する目前だということに油断しているのか、饒舌に話始めた。
「戦に出て、功績をあげ、恩賞を貰い、富を得る。そんな命がいつ散るか分からないことをしなくても、富なんて簡単に手にいれられる。どうせ貰う恩賞は農民の物から手にわたるんだ、それを直接貰っても変わりはしないだろう」
は表情を変えずその話を聞いている。
だが、元親の心中は穏やかではない。腹が立ってしょうがないのだ。それでも、がギリギリまで我慢してくれと行く前に言われたから我慢していた。
「なら、直接農民から貰えばいい。農民は非力で、信心深い。少し脅してやればこんな風にすぐ差し出す。楽で効率のよい方法だと思わないかい」
「鬼の仕業だと言わせたのもアナタですか」
「そうだ。鬼のような大男なんてここにはいない。影と声、そして、自分は鬼だといえば彼等は糸も簡単に信じたよ。そして、追い討ちに侍である俺が退治に行き、負けてしまえば農民はもう鬼に従うしかない」
そこまで聞き、元親はこの男が誰なのかわかった。
の話に出てきた、鬼を退治しに行ったという侍だろう。彼は鬼にやられてしまった、と同行した者が言ったからこそ、もう自分達ではどうしようもないと、村人が諦めてしまったのだ。
侍で勝てないのなら、自分達ではやはり勝てないのだと。
「鬼を語るから、どれほどの者かと思ったら、この程度の方でしたか……」
「……何?」
「戦に行くのが恐いなら、畑でも耕していればよいのに。それもせずに中途半端に農民を利用するなんて、本物の鬼が聞いたら笑われますね」
「本物の鬼? あっはっは。そんな物は存在しない。それに私を倒せなかったのは君たちだ。所詮農民は侍には勝てないんだよ。私を小物扱いする以前に自分達の非力を怨むんだな」
男はの傍まで来て、彼女の手首を掴む。
「それに、女に何ができる。精々そうやって粋がっているといい。どうせ、お前達は俺等の慰み者になるんだからな」
は捕まれた腕を振り払うことも、抵抗することもなく、冷めた目で男を睨みつける。
「恐くて動くこともできないか。所詮は女だ、強がっていても結局は弱い」
「もういいです。もう少し面白い話が聞けるのかと期待してましたが、時間の無駄でした。長く待たせてしまって申し訳ありません」
「何を言っている?」
の言う意味が分からず、男が尋ねた次の瞬間、男は岩陰に蹴り飛ばされていた。
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卯月 静 (07/09/12)