【戦国御伽草紙】

鬼ヶ島の乙姫 七





 男は呆然と自分を蹴り飛ばした人物を見ていた。
 その人物が着ている白い着物が風に棚引く。

「薄汚ぇ手で、に触ってんじゃねぇ」
「お、お前は…………っ?!」

 白い着物――白無垢――は放り投げられ、その下からは鍛え抜かれた肉体が現れる。
 その片方の目は眼帯で覆われていて、その右手にはどこから出したのか分からないが、碇槍が握られている。

「この四国で鬼を名乗るたぁ、大した度胸だな」
「な、んで……」

 見間違うことはない。その姿は男も知っていた。
 四国を治める鬼。長宗我部元親、その人だ。
 元親は男を見下ろす。その目は怒りとも蔑みとも取れる色を帯びていた。

「四国の鬼ってのは、この俺。長宗我部元親のことだ。覚えておけよ」

 声は静かだが、低く凄みを帯びている。いつも戦で敵に名乗りをあげる時のそれではない。
 戦の時は部下を奮い立たせる為もあり、派手に盛り上げる為に名乗りをあげる。が、今回ここに部下はいない。
 そのようなことをする必要もないし、今の元親はそれができるような気分ではない。

「本物の鬼ってぇのがどんな物か教えてやるよ」
「……つっ!! たかが一人で何が出来るというんだっ! お前等、相手は一人だ、やれっ!」

 男は途中までは腰を抜かしていたが、元親が一人であるという事実を思い出すと途端に元気を取り戻した。
 調子のいいやつだ、と元親は思わなくは無かったが、ここで簡単に終ってもらっては困る。
 女装をさせられた憂さはきっちりと晴らせて貰わねばならない。
 男の号令に、山賊達は元親を取り囲む。

「いくら長宗我部元親といえど、これほどの人数を相手にはできないだろう!」

 確かに並の侍であれば、この大人数を相手に勝ち目はない。が、それは並の侍ならの話だ。
 生憎と元親は並の侍ではない。この程度の人数はさほど苦労する人数ではない。

「かかれーーーーー!!!」

 男の叫びと共に、山賊達は一斉に元親に襲い掛かる。
 元親は碇槍を構え、勢いよく振った。
 鬼に金棒。元親の姿はそのことわざを現しているかのようで、一閃で山賊達は吹き飛んだ。
 かろうじて逃れた者も、次の二閃目は逃れることが出来なかったらしく、見事に喰らってしまう。
 元親の周りには誰も立っている者はいない。立っているのは元親だけだ。

「さあ、次は手前ぇの……っ!?」

 ズキュン!
 男に向いた元親の頬を閃光がかすめた。
 頬からは、ツーっと血が流れる。

「いくら鬼でもこれには勝てないだろう」

 男は銃口を元親に向けている。
 火縄銃は火薬や弾の装填に時間がかかるはずだが、男は既にそれは終らせているらしい。
 その様子からいつでも引き金が引け、元親を仕留めることができるようだった。

「おっと、動かないでくださいよ。動けば貴様の胸に風穴が開く」

 さきほどの顔と違い、勝ち誇った顔をしている。

「万が一の予備としてこの銃を受け取っておいて正解だったな。念のためと、これを渡された時は一度返したが……思わぬところで役にたった。『彼』の言った通り、このまま上手くいけば、私が四国を治められる」
「手前ぇ、何を言ってやがる」
「これは失礼。つい本音が」

 最初のころの余裕ぶった顔が元親の怒りを逆なでする。
 だが、このままでは危ない。いくら元親でも銃弾に射抜かれ無事で居られるはずがない。
 からくりの威力を十分知っているのは元親自身。そのからくりの元ともいえる銃。しかも、自分の知らない最新式であろう銃の威力は予想もつかないが、きっと今までの比でないことは分かる。
 彼が言った「四国を治める」という単語も引っ掛かったが、何より、「彼」と言うのが誰なのか気になった。
 まるでこの計画はあの男が計画したのではなく、裏で糸を引いている人物がいるかのようであった。
 そして、この男の狙いが最初に言っていたものではなく、四国が当初の狙いだったと知って、怒りは益々増える。
 これは元親に売られた喧嘩以外の何物でもない。
 絶対ぶっとばす! と決意はするものの、膠着状態だ。

「長宗我部元親様。そろそろ終りにしましょう。ここで貴方は終りです。安心して下さい。四国の鬼の名は私が継いでさし上げますから」

 カチと引き金を引く音が聞こえた。
 バァンッ!と言う音と共に、弾丸が飛び出し、硝煙があがった。


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卯月 静 (07/09/15)