【戦国御伽草紙】

鬼ヶ島の乙姫 拾壱





 花嫁と花婿が並ぶ、その正面には立っていた。
 場の空気は恭しく、厳かである。
 それもそのはず、婚礼の儀が行われているのだからそうならざるを得ない。
 花嫁はこの間までその衣装を着て鬼と言う名の悪漢のもとへ行くはずだった娘だ。
 花婿は、鬼退治をし終わった時娘についてきていた青年。
 本来であれば、この場を取り仕切るのは神主であるが、いないために変わりにが行っている。

 と言っても正式の段取りをしているわけではなく、かなり簡単なものだ。
 更に言えば、この場にいるのは花嫁と花婿、そしてと元親だけだ。他の物はいない。

「さて、二人とも、折角思い合う人と一緒になれるのだから、お互いを大切にしなさい」
「「……はい」」

 町の方へ行けばきちんと宮司のいる神社もいる。しかし、二人はにして欲しいのだと言った。
 始めはきちんとした物はできないから、町の神社へ行った方がいいと断った。それでも、二人は食い下がり、簡単なものでいいからといい。は二つ返事で承諾した。
 娘が鬼の生贄として決定たとき、二人は駆け落ちでもしてひっそりと暮らす気でいたのだ。それが、と元親のお陰でこうやって二人で共に歩むことができるのだから、に祝って欲しかったのだ。

 花嫁の顔は嬉しさ故か、涙で濡れていた。涙が中々止まらず、隣にいる花婿はおろおろするばかりだったが、そんな二人をは微笑ましくみていた。




「娘を嫁に出す母親ってこんな感じなのでしょうか?」

 婚礼の儀も終り、二人が無事新居へと向かったあと、はボソリッと呟いた。

「なんだそりゃ?」
「いえ、あの子は私にとって妹のようなものでしたから。嬉しさ半分、寂しさ半分といった感じなんです」

 寂しさ半分と言ってはいるが、の表情は嬉しそうだ。
 だが、今やっとがあの娘を逃がしてまで鬼を退治しようとした本当のわけが分かった。
 神主に世話になったからと言って、鬼退治までする義理などない。
 神主が生きていれば別だが、彼は死んでいるのだ、神主が村をどれくらい好きだったかは知らないが、危険を冒してまでするようなことでもない。
 だから、元親は不思議に思っていたのだ。
 あれは全部あの娘の為だった。
 彼女に白羽の矢が立ってしまったから、彼女には想う相手があるから。
 できるだけ、あの娘に幸せになってもらいたかったのだろう。
 だからこそ、妹のように想っていた娘が安心して想う相手と添えるようにと退治をかってでたというところだろう。

「妹を守るやつが現れて寂しいか?」
「ええ、少し……。でも、あの子が幸せそうに笑ってるから、別にいいんです」
「そうか……なぁ、……」
「はい?」

 今しか言う時はないに違いないと、元親は意を決した。

「あー……その、な…………」
「何ですか?」
「つまり……だな……この村に心残りがねぇなら…………俺と一緒にこねえか?」
「…………え?」

 中々言わない元親に不信そうな顔をしていたは、予期せぬ言葉に一瞬言葉を失い、やっと返せた言葉も只の一言。

「えっと、それは私に海賊になれ、と?」
「……違っちゃいねぇが、正しくはねぇな……」

 元親の言葉を正しく分析して出した答えは先の様なもの。というか、一緒に行くということは元親の船に乗るのだし、ということは海賊の仲間入りをするということではないのだろうか?
 という結果からの問いだったが、それを聞いた元親は呆れたように返事を返した。

「……それは……私の能力が必要だから、だからそう仰ってるのですか……」

 海賊は海を生きる身。その中にの力があればきっと役に立つ。
 いや、役に立つどころではなく、がいれば海の上では無敵だろう。
 元親がそう思うのも無理はない。元親の役に立てるのなら、それもいいのかもしれない。鬼退治の礼もまだしていないのだし。
 だけど、そう思う心の隅で、それを拒否する心もある。
 相手は四国を治めるもの、方や自分は小さな村の巫女。抱いてはいけないと思いながらも、必至に押さえていた気持ちがあることをは知っていた。
 今なら、今であれば、只の領主と民に戻れる。文のやり取りだけでも十分満足できる。
 矛盾しているとは分かっていても、傍にいれば役に立てるかもしれない。そう期待する自分もいる。
 叶わぬ思いなら、せめてアナタの役に立ちたい……。
 矛盾する二つの気持ち。
 元親が望んでいるのは自分の能力ではなく、自分自身だと言って欲しい。
 叶わぬ願いだとは分かってはいるが……。


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卯月 静 (07/09/25)