暫くの間、元親は何も言葉を発しなかった。
ただじっとを見つめているだけ。
「そうだな……確かにの力があれば航海も楽になるし、部下達を危険にさらす可能性も少なくなるな」
ああ、やっぱり……。
仕方ないと分かってはいてもやはり、傷つく物は傷つくのだ。
でも、この方の役に立てるのなら……。
「そう、ですか……。多くの部下を預かる方ですから当然、ですよね……」
「だが、俺が言ったのはそういう意味じゃねえ」
心を押し殺して、是と答えようとすると、その声は元親の声によって遮られた。
元親は真っ直ぐを見ている。
「では……いったい?」
元親の真意が測りかねて、尋ねる。
すると、また先ほどのように言いずらそうに、というか、むしろ恥ずかしそうに言葉を続ける。
「つまりだ……確かにの能力は俺にとって役には立つが……それ以上に俺の役に立つ力がお前にお前にあってな」
海のことを知ることの出来る能力以上に役に立つ能力など、自分にあっただろうかと考える。確かに弓の腕前はそこそこだが、戦力になるほどの物でもないはずだ。
それならば、一体?
「俺は一回しかいわねぇからよく聞けよ」
「……はい?」
あまりに元親が真剣な表情で言うものだから、の応えは疑問的になってしまった。
元親は一回大きく息を吸い、そして、吐いた。
そして、もう一度大きく吸い……。
「俺は俺以外のヤツの隣で白無垢を着ているを見たくねぇんだ。だから今回も、理不尽だったが、の白無垢姿を見るよりもと思って、俺が着るのを了承したんだ。どんな能力があろうが、なかろうが、俺にはが必要なんだ」
一気に言い切った。
も鈍いわけではないから、元親の言っていることが何を意味しているのか位分かる。しかし、あまりも思っていなかった展開に思考がついていかない。
「それは…………一生お傍にしても構わないということでしょうか?」
「……そうだ。嫌なら断ってくれて…………?!」
そういった後にに視線を向けると、元親はギョッとした。さっき清水の舞台から飛び降りる覚悟で言った時にはは普通だった。
しかし、の質問に答えた直後、の頬を涙が伝っていた。
「お、おい……俺、何かマズいことでも言ったか? それともやっぱり嫌だったのか?」
急に涙を流し始めたに、元親はどうしていいのかわからず、只オロオロするばかり。
普段野郎共の相手しかしていない元親にとって、女の涙程苦手なものはない。どう反応するべきか皆目検討もつかないし、何が原因でそうなってるのかも分からない。
しかし、確実にいえるのは、元親自身が原因であるということは間違いないだろう。
「すみません。……知らない間に涙が出てしまってて……元親様の言葉が嫌だと言う訳ではありませんから」
涙を着物の裾で拭い、恥ずかしそうに笑うを見て、元親は思わず抱きしめたい衝動に駆られた。
しかし、何の返事も貰ってない今、そのようなことをするわけにはいかない、と理性を総動員して押し留まる。
「元親様。先ほどのお話、喜んでお受けさせて頂きます」
「……本当か?」
「……はい。私でよければお傍に居させて下さい」
今度は残っていた理性も吹っ飛び、無意識のうちに元親はを強く抱きしめていた。
一瞬驚き、身を硬くしただったが、すぐ力が抜け、そっと元親の背に腕を回した。
次へ 戻る
卯月 静 (07/09/28)