【戦国御伽草紙:鬼ヶ島の乙姫 拾四】

閑話 拾い者





 海に関することは、なんとなくだが分かる。
 この力のお陰で、元親に会うことができたし、今、は元親の船に乗っている。

「元親様、丑の方角へ小船を出して頂けますか」

 唐突なの申し出にも、元親は特に何も問いただすことなく、船の準備をさせる。
 の力を元親は知ってる。その力のお陰で元親は助けられた。
 本来なら、何を突然と一蹴されるだろうが、元親はの通りにし、そして、子分も素直に従う。

「誰か二人程付いて着てくれませんか?」

 用意した小船には、自身が乗るようで、子分達を見渡して、誰か手伝ってくれと言った。

「ちょっと待て。何があるのかは知らねえが、お前が行く必要あんのか?」
「私でないと、正確な位置が分からないではありませんか」

 さも当然だ、と言うだが、元親は何故彼女が小船を出して欲しいと言ったのか分からない。
 海については彼女が一番詳しいのは認める。それは海で生活してきた元親達以上に、海については知っている。
 だが、それでも、船から彼女を降ろすのは許可したくなかった。

「なら、俺も行くぜ」
「駄目です」
「何でだ」
「船の長が居なくなって、その時にこの船を襲われでもしたらどうするのですか?」

 確かにそうだ。だから、普段小船での偵察なんかは、子分に任せてある。
 だが、自分のいないところで船が襲われるもの嫌だが、自分のいないところでに危険が及ぶのも嫌だ。

「それ程遠くに行くわけではありません。望遠鏡で見える距離ですから」

 元親は溜息を吐いて、信頼の置ける二人をに付けた。






「海にいたのか?」

 戻って来たは、何かを拾ってきた。
 いや、何かではなく、誰か、だ。

「はい。どうやら、怪我をしてるようで、あの、ここで治療してもいいでしょうか? 駄目なら、近くの町に船を着けて頂ければ、船を下りてそこで……」

 本日二回目の、盛大な溜息を元親は吐いた。
 冷静であまり取り乱さない印象のあるは、実際はかなりのお人よしだ。
 強がっているために、人から離れるような発言をしたり、滅多に笑わなかったりする。
 だが、面倒見はいいし、細かい気配りもしてくれる。
 男ばかりのこの船で、のおかげで助かっていることも多い。
 だが、それ故にが危ない目に合うこともある。現に、彼女は親しくしていた娘の身代わりになって、悪漢を退治するという危険な計画を実行した。
 あの時は、元親が無理矢理ついて行ったが、当初は一人でするつもりだったというから、無謀にも程がある。

「好きにすればいい。だが、必ず誰かと一緒にだ。いいな?」
「はい!」

 の拾ってきたのは男のようで、そして、その傷はどうみても、尋常じゃない。
 怪我をして、海で浮かんでいるということ自体尋常ではないが、男の服装はどうみても忍の物に違いなかった。
 子分に部屋に運ばせて、それには付いていく。
 その後ろ姿を鋭い目で見つめる。


 数日間、は元親が妬ける位、甲斐甲斐しく男の看病をした。
 いや、妬けるくらいではなく、妬いていた。
 自分の子分の看病ですら、がやっていたら気に入らないのに、まして、何処の馬の骨とも分からない男の看病をしてるとなれば、妬かないはずがない。
 元親がイライラしていることで、子分達は怯えているが、それどころじゃない。

「アニキ!」
「何だ?」
「アイツが目を覚ましました」
「……分かった」

 男が目を覚ましたと聞き、元親はこの船を束ねる長の顔に戻る。

「よう。気分はどうだ?」
「………………」

 部屋に入ると、男は体を起していた。
 だが、元親の問いには返事はない。

「お前をコイツが拾って、看病してやったんだ。礼くれぇ言ったらどうだ?」

 元親は、を差しながら、促すが、男はを見ただけで、何も言わない。

「だんまりか? 礼くれぇ言っても、ばちは当たらねぇと思うがな」

 殺気を少し込め、半ば脅すように言うが、それでも男は何も言わない。
 何故、男は何も言わないのだろうか。
 これが、誰かの差し金だとすれば、もし、元親に取り入る為であれば、元親の不評を買うような真似はせず、素直に礼を述べるはずだろう。
 これでは、このまま元親に放りだされても不思議はない。

「まだ、どこか痛む?」

 の問いに、男は首を横に振る。その様子を見て、はほっとする。

「お前、言葉が喋れねぇのか?」

 何かピンッときて、元親が尋ねると、男はコクリと首を立てに振った。
 声がでないのなら、元親の今までの問いには答えれないのも当たりまえだ。

「さて。どうするか……」

 話が出来ないとなると、相手が何者か探るのにも手間が折れる。

「是か否で応えれる質問をするしかねぇか……。手前ぇ、忍だな?」
 是と首を縦に振った。
「どこかに仕えてたのか?」
 是。
「仕えてたとこから、抜けてきたのか?」
 今度は首を横に振った。否だ。
「今もそこに仕えているのか?」
 否。

 仕えていた所から抜けたわけではないのに、今は仕えていない、となると。

「仕えていたところは、戦に負けたか?」
 是。

 これで、大体は分かった。この忍は、主が戦に負け、自分も怪我を負い、そして、海に流されに拾われたということだ。
 傷は海に落ちたか何かした時に開いたようだと、薬師が言っていたから、この近くの武将にでもないかもしれない。

「手前ぇの正体の分かるもん何か持ってねぇか?」

 男は、少し考える仕草をしたが、服の中から、苦無を取り出し、見せた。

「これは……北条か……」

 間違いなく、そこには北条の家紋。
 確かに、北条はこの間、奥州の伊達に敗れたという噂を聞いた。
 しかし、北条に使え、言葉を話さない忍となると、ある一人が思い浮かぶのだが……。

「もしかして……風魔小太郎?」

 も思い当たったらしく、伝説と呼ばれる忍の名を出す。
 そして、驚くことに、男は縦に首を振った。

「元親様。この男を長宗我部軍に入れれませんか?」

 元親に忍はない。それでもコレまで上手くやってきた。
 だが、忍がいれば、今以上に楽になるかもしれない、が、コイツが言っていることを信じて良いものかどうか。

「貴方行くところ、無いんでしょう?」
 是。
「なら、元親様に仕えてみる気はない?」

 元親は許可はだしてないが、はどんどん話を進めて行く。
 だが、元親に仕えてみないかという問いに、男、いや、小太郎は少し首をかしげ、その後、を指差した。

「え?」
「…………に仕えるってのか?」

 睨みを利かせてみれば、小太郎からは、真っ直ぐな視線が返ってきた。
 どうやら、この男はこの男なりに、に感謝してるようだ。

を守るってぇなら、この船に置いてやってもいい。だが、に何かしたら、生きて降りれると思うなよ」

 いつも以上に低く、鬼といわれるのが実感出来る程の圧力を小太郎にかける。
 コクリと頷き、を裏切ることは無いと、小太郎の瞳は言っているように元親には感じた。

「も、元親様! そんな、勝手にっ」

 は慌てるが、元親と小太郎の間に交わされた約束は、当事者を無視して成立した。


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卯月 静 (08/02/09)