海に関することは、なんとなくだが分かる。
この力のお陰で、元親に会うことができたし、今、は元親の船に乗っている。
「元親様、丑の方角へ小船を出して頂けますか」
唐突なの申し出にも、元親は特に何も問いただすことなく、船の準備をさせる。
の力を元親は知ってる。その力のお陰で元親は助けられた。
本来なら、何を突然と一蹴されるだろうが、元親はの通りにし、そして、子分も素直に従う。
「誰か二人程付いて着てくれませんか?」
用意した小船には、自身が乗るようで、子分達を見渡して、誰か手伝ってくれと言った。
「ちょっと待て。何があるのかは知らねえが、お前が行く必要あんのか?」
「私でないと、正確な位置が分からないではありませんか」
さも当然だ、と言うだが、元親は何故彼女が小船を出して欲しいと言ったのか分からない。
海については彼女が一番詳しいのは認める。それは海で生活してきた元親達以上に、海については知っている。
だが、それでも、船から彼女を降ろすのは許可したくなかった。
「なら、俺も行くぜ」
「駄目です」
「何でだ」
「船の長が居なくなって、その時にこの船を襲われでもしたらどうするのですか?」
確かにそうだ。だから、普段小船での偵察なんかは、子分に任せてある。
だが、自分のいないところで船が襲われるもの嫌だが、自分のいないところでに危険が及ぶのも嫌だ。
「それ程遠くに行くわけではありません。望遠鏡で見える距離ですから」
元親は溜息を吐いて、信頼の置ける二人をに付けた。
「海にいたのか?」
戻って来たは、何かを拾ってきた。
いや、何かではなく、誰か、だ。
「はい。どうやら、怪我をしてるようで、あの、ここで治療してもいいでしょうか? 駄目なら、近くの町に船を着けて頂ければ、船を下りてそこで……」
本日二回目の、盛大な溜息を元親は吐いた。
冷静であまり取り乱さない印象のあるは、実際はかなりのお人よしだ。
強がっているために、人から離れるような発言をしたり、滅多に笑わなかったりする。
だが、面倒見はいいし、細かい気配りもしてくれる。
男ばかりのこの船で、のおかげで助かっていることも多い。
だが、それ故にが危ない目に合うこともある。現に、彼女は親しくしていた娘の身代わりになって、悪漢を退治するという危険な計画を実行した。
あの時は、元親が無理矢理ついて行ったが、当初は一人でするつもりだったというから、無謀にも程がある。
「好きにすればいい。だが、必ず誰かと一緒にだ。いいな?」
「はい!」
の拾ってきたのは男のようで、そして、その傷はどうみても、尋常じゃない。
怪我をして、海で浮かんでいるということ自体尋常ではないが、男の服装はどうみても忍の物に違いなかった。
子分に部屋に運ばせて、それには付いていく。
その後ろ姿を鋭い目で見つめる。
数日間、は元親が妬ける位、甲斐甲斐しく男の看病をした。
いや、妬けるくらいではなく、妬いていた。
自分の子分の看病ですら、がやっていたら気に入らないのに、まして、何処の馬の骨とも分からない男の看病をしてるとなれば、妬かないはずがない。
元親がイライラしていることで、子分達は怯えているが、それどころじゃない。
「アニキ!」
「何だ?」
「アイツが目を覚ましました」
「……分かった」
男が目を覚ましたと聞き、元親はこの船を束ねる長の顔に戻る。
「よう。気分はどうだ?」
「………………」
部屋に入ると、男は体を起していた。
だが、元親の問いには返事はない。
「お前をコイツが拾って、看病してやったんだ。礼くれぇ言ったらどうだ?」
元親は、を差しながら、促すが、男はを見ただけで、何も言わない。
「だんまりか? 礼くれぇ言っても、ばちは当たらねぇと思うがな」
殺気を少し込め、半ば脅すように言うが、それでも男は何も言わない。
何故、男は何も言わないのだろうか。
これが、誰かの差し金だとすれば、もし、元親に取り入る為であれば、元親の不評を買うような真似はせず、素直に礼を述べるはずだろう。
これでは、このまま元親に放りだされても不思議はない。
「まだ、どこか痛む?」
の問いに、男は首を横に振る。その様子を見て、はほっとする。
「お前、言葉が喋れねぇのか?」
何かピンッときて、元親が尋ねると、男はコクリと首を立てに振った。
声がでないのなら、元親の今までの問いには答えれないのも当たりまえだ。
「さて。どうするか……」
話が出来ないとなると、相手が何者か探るのにも手間が折れる。
「是か否で応えれる質問をするしかねぇか……。手前ぇ、忍だな?」
是と首を縦に振った。
「どこかに仕えてたのか?」
是。
「仕えてたとこから、抜けてきたのか?」
今度は首を横に振った。否だ。
「今もそこに仕えているのか?」
否。
仕えていた所から抜けたわけではないのに、今は仕えていない、となると。
「仕えていたところは、戦に負けたか?」
是。
これで、大体は分かった。この忍は、主が戦に負け、自分も怪我を負い、そして、海に流されに拾われたということだ。
傷は海に落ちたか何かした時に開いたようだと、薬師が言っていたから、この近くの武将にでもないかもしれない。
「手前ぇの正体の分かるもん何か持ってねぇか?」
男は、少し考える仕草をしたが、服の中から、苦無を取り出し、見せた。
「これは……北条か……」
間違いなく、そこには北条の家紋。
確かに、北条はこの間、奥州の伊達に敗れたという噂を聞いた。
しかし、北条に使え、言葉を話さない忍となると、ある一人が思い浮かぶのだが……。
「もしかして……風魔小太郎?」
も思い当たったらしく、伝説と呼ばれる忍の名を出す。
そして、驚くことに、男は縦に首を振った。
「元親様。この男を長宗我部軍に入れれませんか?」
元親に忍はない。それでもコレまで上手くやってきた。
だが、忍がいれば、今以上に楽になるかもしれない、が、コイツが言っていることを信じて良いものかどうか。
「貴方行くところ、無いんでしょう?」
是。
「なら、元親様に仕えてみる気はない?」
元親は許可はだしてないが、はどんどん話を進めて行く。
だが、元親に仕えてみないかという問いに、男、いや、小太郎は少し首をかしげ、その後、を指差した。
「え?」
「…………に仕えるってのか?」
睨みを利かせてみれば、小太郎からは、真っ直ぐな視線が返ってきた。
どうやら、この男はこの男なりに、に感謝してるようだ。
「を守るってぇなら、この船に置いてやってもいい。だが、に何かしたら、生きて降りれると思うなよ」
いつも以上に低く、鬼といわれるのが実感出来る程の圧力を小太郎にかける。
コクリと頷き、を裏切ることは無いと、小太郎の瞳は言っているように元親には感じた。
「も、元親様! そんな、勝手にっ」
は慌てるが、元親と小太郎の間に交わされた約束は、当事者を無視して成立した。
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卯月 静 (08/02/09)