【戦国御伽草紙】

鬼ヶ島の乙姫 拾七





 長宗我部の軍など、頭の足らない荒くれ者の集まり。忌々しい元親さえいなければ、赤子の手を捻るも同然。
 加えて言えば、この策がただ攻めるだけしか能の無い、あの元親に見破れる筈は無い。

「全ては我が策の内よ」

 前方に見える長宗我部の本船を見ながら、元就は微笑んだ。
 その笑みを見て、毛利の部下達は背筋が凍る。
 微笑んでいるのに、その笑顔は冷たい。常々この方が自分の主でよかったと思う。
 いや、自分の主であっても、いつ自分が駒として捨てられるかは分からない。だが、敵に回すよりもマシなのだ。




「アネゴはここに居て下せえ!!」
「いいえ、私も戦います。元親様の船を守る為に。無茶はしませんから」

 船の奥にを避難させようとしたが、はそれを拒否した。
 子分達にしてみれば、元親が大切にしているだけでも何としてでも守りたいと思っていた。
 元親が来る前に、彼女に何かあっては元親が悲しむ、そして、何より自分達もを失いたくはない。
 だが、元親の船を守る為に戦うと、強い瞳で、しかし、微笑んで言われるとそれ以上は言っても無駄なのだと分かった。
 子分達にせめて後方に居てくれと言われ、はその通りにする。
 の得物は弓。接近戦で攻めてくる者に勝てるはずはない、後方からの方が有利だ。
 素早く配置を終え、毛利の軍を向かえ打つ。
 船は既に目の前にある。
 ガンッ!! と船同士がぶつかる大きな音がし、毛利軍が雪崩れ込んできた。

「アニキが来るまで、船とアネゴを守れぇぇぇ!!!!」

 長宗我部軍は、攻め込んできた毛利軍を向かえ打つ。
 数は圧倒的に向こうの有利。だが、元親に遣いは出している。
 何とか持てば、きっと後は元親がどうにかしてくれると信じ、己の得物を振るった。



 可笑しい。簡単に攻め落とせる筈なのに、未だに落ちない。
 長宗我部の誰かが元親に知らせに行ったとしても、まだ彼らが戻ってくるまでには時間があるが、元就の予定では、船は既に落ちていなければいけなかった。

「使えぬ奴等めッ……」

 もたもたと、未だに落ちないことに、イライラと、その様な言葉を吐き捨てる。
 駒は駒らしく策通りに動けばよいものを……。
 船で高みの見物を決め込むつもりだったが、予定を変え、元就は立ち上がった。

「も、元就様ッ?!」
「我も出る」

 元就の行動に、傍にいた部下は驚く。今まで出ないと決めた策の途中に、彼が出たことはない。
 そして、いつも感情を出さないはずの元就が怒っていることが僅かながら感じられたことも、部下の驚いた原因の一つだ。
 部下の驚きに関せず、元就は長宗我部の船へ向かった。

 毛利軍は苦戦していた。
 一騎当千の元親が居ない今、船を落とすのは簡単だと聞いていたし、思ってもいた。
 なのに、長宗我部軍の勢いは衰えることもないし、何より烏合の衆だと思っていたのに統率がとれている。
 普通は大将が居ない間に攻められれば、慌て、結束は脆くなるはずだ。しかも、長宗我部軍は元親一人で持っていると思っていた。
 しかし、長宗我部軍にその様子は微塵も感じられない。
 それどころか、異様なまでの結束力が感じられる。



「風向き北西に変化!!」

 の声で、北西側にいた弓兵は弓を引き一気に放つ。
 矢は風に乗り、かなり遠くまで飛ぶ。
 そして、今までは防戦だった長宗我部軍は、南東にいる毛利の弓兵への攻撃を強める。
 向かい風になり、矢があまり飛ばない為、効果がなく、長宗我部軍に易々と攻略される。
 そして、何より……。

 ヒュゥッ、ブスッ!!

「ギャァ!」

 先ほどから、ある一点から放たれた矢が、的確に毛利軍を捕らえているのだ。
 決して致命傷ではないが、足元や、手首、肩などを狙われ、戦闘不能になる。

「さすがアネゴッ!!!」

 矢が毛利軍に当たる度、長宗我部軍から歓声が上がる。
 矢を射ったのはで、彼女の狙いは百発百中と言っていい。
 それが尚、長宗我部軍の勢いをつけ、が波の方向を感じることで、通常より早い段階で風向きの変化が分かる。
 これなら、元親が来るまでに持つかもしれない、誰もがそう思った時、一気に吹き飛ばされた。

「雑魚が調子に乗るな」

 冷たく、感情の含まれない声。
 先ほどの勢いが止まり、長宗我部軍は凍りついた。
 自分達を嵌めた張本人であり、中国の智将、毛利元就。
 彼の足元には、長宗我部の者達が伏しているが、それを見ようともせず、只一点、を睨んでいた。  


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卯月 静 (08/03/11)