元就の視線を受けた瞬間に、あの冷たい雰囲気はこの人の者だと分かった。
となれば、この目の前の人物が毛利元就なのだろう。
先ほどまでの有利な状況とは一変、今はこちらが不利だ。先ほどの様子をみれば、元就が強いことは明らかで、ここにいる長宗我部軍では話にならないだろう。
元親がこちらに来るまではまだ時間がかかるだろう。元親達の船がこちらに近づいているのは分かるが、まだ少し距離がある。
は、自らの不安を払拭しようと、持っている弓を強く握りしめた。
「貴方が、毛利元就ですね……」
「ふん。どんな奴が指揮していたのかと思えば……女だったとはな」
元就の見下したような発言に、子分たちは、今にも飛び掛りそうだった。しかし、はそれを制する。
「今は我慢して下さい、元親様が来るまでは……」
「ほう……あやつが来ると思っておるのか」
「来ます」
「間に合うかも分からぬものを」
「間に合います」
元就の睨みに、は一歩も引かない。その光景は、子分達にも影響し、誰一人として絶望した顔はしていない。
敵の大将が今目の前にいて、自分の所の大将がいないにも関わらずだ。
「…………さっさとこやつ等を片付けろ」
言い放つと同時に、毛利軍が攻めてきた。
長宗我部軍は、それに応戦する。何としてでも、だけでも護らねばいけないと。
も弓を引く、がの矢の先は元就の方とは少しずれている。
元就は訝しげに見ているが、の意図は分からない。
は何かを待っているようで、中々矢を放たなかった。
そして、矢を放ったと思えば、その矢は元就から離れた位置に向かう。
「所詮は女か……」
放たれた矢は自分には当たらぬと高を括っていた。
「っ!?」
が、肩に痛みが走る。
急に突風が吹いて、の矢の方向が変わったのだ。とっさに避けたものの、予想もしていなかったことで、矢は元就の肩を掠めた。
「拾、九、八……」
今度は数を読み始める。
「伍、四……」
毛利軍は元より、元就もが何故数を数え始めたのか分からない。
相変わらず戦闘は続いているが、が数を読み始めた途端、長宗我部軍は何かを警戒し始めた。
「弐、壱、来たっ!!」
「うわぁっ!!!」
の声と共に、長宗我部軍はしゃがんだり、何かにしがみ付いたりした。そして、船が大きく揺れた。大きな波が船を襲ったのだ。
毛利軍は急な揺れに対応しきれず、転ぶ者や体制を崩す者が出てくる。一方長宗我部軍は分かっていたのか、体制を崩した者は一人も居ない。
揺れが収まってくると、体勢を立て直しきれてない毛利軍に長宗我部軍が攻める。
それは元就も同じだが、彼はそれくらいで、長宗我部の兵士にやられる程弱くはない。体勢を崩しつつも、子分達を返り討ちにする。
「そうか……貴様が噂の巫女か。不思議な力を持っていると言う……」
四国の鬼が、不思議な力を持った巫女を手中に納めたという噂がある。その噂は元就の耳にも入っていた。
その巫女を手に入れたお陰で、長宗我部は海の上では無敵だという。
噂の真偽は分からなかった。元就は噂は所詮噂。元親が娘を手に入れたことは報告を受けていたが、その能力は分からないと報告を受けた為、大げさに伝わったのだろうと思っていた。
だが、今のの様子を見る限り、噂はどうやら真実だったようだ。
「ならば、その力、我が為に使わせてもらう」
元就はの周りに居た子分達を倒し、に手を伸ばす。
ガツンッ!!!!
「くっ!?」
上から何かが降ってきて、元就は輪刀でとっさに防ぐ。
しかし、防いだ次に、第二の攻撃が来て、後ろに飛び、避ける。
元就と、の間には一人の男がいた。
「何故だ……」
まだ、時間はあったはずだ。奴が戻ってくるまでは、まだ掛かるはずなのに……。
「鬼の宝に手ぇ出すたぁ、いい度胸だな」
そこには、四国の鬼、長宗我部元親が立っていた。
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卯月 静 (08/03/18)