【戦国御伽草紙】

鬼ヶ島の乙姫 拾八





 元就の視線を受けた瞬間に、あの冷たい雰囲気はこの人の者だと分かった。
 となれば、この目の前の人物が毛利元就なのだろう。
 先ほどまでの有利な状況とは一変、今はこちらが不利だ。先ほどの様子をみれば、元就が強いことは明らかで、ここにいる長宗我部軍では話にならないだろう。
 元親がこちらに来るまではまだ時間がかかるだろう。元親達の船がこちらに近づいているのは分かるが、まだ少し距離がある。
 は、自らの不安を払拭しようと、持っている弓を強く握りしめた。

「貴方が、毛利元就ですね……」
「ふん。どんな奴が指揮していたのかと思えば……女だったとはな」

 元就の見下したような発言に、子分たちは、今にも飛び掛りそうだった。しかし、はそれを制する。

「今は我慢して下さい、元親様が来るまでは……」
「ほう……あやつが来ると思っておるのか」
「来ます」
「間に合うかも分からぬものを」
「間に合います」

 元就の睨みに、は一歩も引かない。その光景は、子分達にも影響し、誰一人として絶望した顔はしていない。
 敵の大将が今目の前にいて、自分の所の大将がいないにも関わらずだ。

「…………さっさとこやつ等を片付けろ」

 言い放つと同時に、毛利軍が攻めてきた。
 長宗我部軍は、それに応戦する。何としてでも、だけでも護らねばいけないと。
 も弓を引く、がの矢の先は元就の方とは少しずれている。
 元就は訝しげに見ているが、の意図は分からない。
 は何かを待っているようで、中々矢を放たなかった。
 そして、矢を放ったと思えば、その矢は元就から離れた位置に向かう。

「所詮は女か……」

 放たれた矢は自分には当たらぬと高を括っていた。

「っ!?」

 が、肩に痛みが走る。
 急に突風が吹いて、の矢の方向が変わったのだ。とっさに避けたものの、予想もしていなかったことで、矢は元就の肩を掠めた。

「拾、九、八……」

 今度は数を読み始める。

「伍、四……」

 毛利軍は元より、元就もが何故数を数え始めたのか分からない。
 相変わらず戦闘は続いているが、が数を読み始めた途端、長宗我部軍は何かを警戒し始めた。

「弐、壱、来たっ!!」
「うわぁっ!!!」

 の声と共に、長宗我部軍はしゃがんだり、何かにしがみ付いたりした。そして、船が大きく揺れた。大きな波が船を襲ったのだ。
 毛利軍は急な揺れに対応しきれず、転ぶ者や体制を崩す者が出てくる。一方長宗我部軍は分かっていたのか、体制を崩した者は一人も居ない。
 揺れが収まってくると、体勢を立て直しきれてない毛利軍に長宗我部軍が攻める。
 それは元就も同じだが、彼はそれくらいで、長宗我部の兵士にやられる程弱くはない。体勢を崩しつつも、子分達を返り討ちにする。

「そうか……貴様が噂の巫女か。不思議な力を持っていると言う……」

 四国の鬼が、不思議な力を持った巫女を手中に納めたという噂がある。その噂は元就の耳にも入っていた。
 その巫女を手に入れたお陰で、長宗我部は海の上では無敵だという。
 噂の真偽は分からなかった。元就は噂は所詮噂。元親が娘を手に入れたことは報告を受けていたが、その能力は分からないと報告を受けた為、大げさに伝わったのだろうと思っていた。
 だが、今のの様子を見る限り、噂はどうやら真実だったようだ。

「ならば、その力、我が為に使わせてもらう」

 元就はの周りに居た子分達を倒し、に手を伸ばす。

 ガツンッ!!!!

「くっ!?」

 上から何かが降ってきて、元就は輪刀でとっさに防ぐ。
 しかし、防いだ次に、第二の攻撃が来て、後ろに飛び、避ける。
 元就と、の間には一人の男がいた。

「何故だ……」

 まだ、時間はあったはずだ。奴が戻ってくるまでは、まだ掛かるはずなのに……。

「鬼の宝に手ぇ出すたぁ、いい度胸だな」

 そこには、四国の鬼、長宗我部元親が立っていた。


次へ 戻る

卯月 静 (08/03/18)