【戦国御伽草紙】

鬼ヶ島の乙姫 弐拾





 死を目の前にした時ほど、その人物の本性がでる時はないだろう。
 そういう意味で言えば、毛利元就は主君としては立派なのかもしれなかった。

「何を愚図愚図している。さっさとやればよかろう」

 元就は負けを認め、抵抗はしなかった。
 形ばかりではあるが、彼は縄で縛られている。

の村で鬼を名乗らせたのはお前だろう」
「ふん。貴様も馬鹿ではないらしいな」

 元親は言っているのは、が居た村で鬼を名乗り、あまつさえ四国を手にいれようとした侍だ。
 彼は元親によって葬られ、その野望が叶えられることは無かった。
 だが、その侍は「彼」の協力があったとはっきりいった。

「アイツに四国を獲らせた後は、アイツを破って四国を頂くつもりだったんだろ」
「何処かの誰かによって計画は流れたがな」

 さほど悔しそうに見えないところをみると、元就はあの侍にそれほど期待はしていなかったのだろう。
 運良く事が運べば、楽に四国がとれるかもしれないといった程度に違いない。

「そりゃな。四国には海の女神が付いてるからな」

 あの侍を葬り、元親の計画を中止にさせたのが、目の前にいる元親と、その隣にいる女だということは、報告で聞いていた。
 四国に海を操ることの出来る巫女がいる。
 その噂を聞き、元就は事の真相を確かめる為もあって、あの侍を送った。
 あまり役には立たなかったが、成果が無かったわけではない。
 この戦にもつれてくるだろうとは思っていたが、あれ程までとは思っていなかった。これは完璧に元就の読み違えだ。

「いつまで敵の大将を生かしておく気だ?」
「あー。そのことだがな。元就、お前、俺んトコと同盟を組むつもりはねえか?」
「同盟?」

 元就は訝しげに眉を寄せる。
 それも無理はない。戦で長宗我部軍は勝ったのだ。元就の領土は今元親が握っていて、今すぐにでも彼の土地にできる。
 戦の途中で申し入れるならいざ知らず、決着も着き、勝ったのに同盟を申し入れるとは……。

「貴様、ついに頭がおかしくなったか」
「違ぇよ……」

 鼻で笑う元就に、元親は何も反応はしない。ただ、遠くを見つめ口を開く。

「正直言って、俺は天下には興味はねぇ」

 その言葉は戦国の世に生まれた者にしては、あまりにも軟弱だ。
 だが……。

「ただ、四国のヤツラを守れればいいんだよ。そこでだ、手前と同盟しようかと思ってな。中国に俺達が攻めることはない。だから、逆に此方に攻めてくるな。どうだ?」
「戦国の世に生まれながら甘いやつだ。だから、姫若子と呼ばれるのだ」
「それは関係ねえだろう」

 元就の嫌味にさして気にした様子も無く、元親は笑っている。
 元就は彼のこういう所が気に入らなかった。仲間のことはともかく、自分のことを侮辱されても、彼は笑うのだ。
 普通は逆だろうと思う。自分以外が侮辱されたからとって、自分には関係ないだろうに。
 彼は部下がなくなると、それがどれほど低い身分の者でも、悲しむのだろう。そこが元就には分からない。
 一々部下を失う度に悲しんでいては、そのうち心が悲鳴をあげるに違いない。だから、元就は兵を失ったくらいじゃ動揺しない。
 兵は所詮捨て駒。彼らは、自分の策の為に散り、自分達の国を、国に残した大切な者を守るために散っていくのだ。

「……いいだろう。その条件呑んでやろう」

 思った以上にあっさりと受諾した元就に、逆に元親が驚かされた。
 彼の気位の高さからいくと、中々受け入れないと踏んでいたのに。

「……お前、本当に毛利元就か?」
「失礼なやつだな、貴様は。……少々気になることを耳に挟んだからな……」

 元就はへ視線を向け言う。が、にも元親も彼がどういう意味でそういったか分からない。

「ま、ともかく、これからよろしくな」

 元親はニカッと元就に笑いかけ、手を差し出す。
 少し嫌そうにしつつも、元就はその手を握った。


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卯月 静 (08/03/29)