【戦国御伽草紙】

鬼ヶ島の乙姫 弐拾壱





 元親は、城の廊下をドカドカと、歩いていた。
 そして、ある一室の襖を、今にも襖が壊れんばかりの力で開ける。

「あら、元親様」
「遅かったな」
「元就…………、手前ぇ、何、人の城で寛いでやがる」

 その部屋にいたのは、、そして、向かい合って碁を指している元就だった。
 元就が来ていると、城に戻ると部下に聞かされた。しかも、が相手をしていると聞き、急いで、向かったのだ。

「で、何の用だ」

 元親は、ドカッと腰を下ろした。

「貴様に用などない。、やはり、こんな男の所はやめて、我の元に来るがいい」
「誰が、手前ぇなんかにやるかよ」

 いけしゃあしゃあと言い放つ元就に、元親はの肩を引き寄せて、答える。

「ふん、まあ、いい。いずれ、は我の元に来て貰うのだからな」
「だから……」
「最近不穏な動きがあると耳にした」

 唐突に本題に入った元就に、元親も表情を変えた。

「豊臣のことか?」

 最近、力をつけてきた豊臣軍。かなりの勢いで勢力を伸ばしているらしい。まだ、こちらには攻めてきてはいないが、いずれ瀬戸内を攻めてくるだろう。

「いや、豊臣ではない。明智だ」
「明智? だが、織田軍は」

 織田軍は今川に倒された。明智は織田の家臣だったのだから、きっと……。

「明智はあの戦には、出ていない」
「出ていない?」
「謀反の噂も出ていたくらいだ。単独で動いていたのであろう」
「その明智がどうしたってーんだ?」
「明智が、四国にいる不思議な力を持った娘を、探しているらしい」

 元就の言葉に元親も、も目を見張る。
 明智が探しているのは、間違いなくのことだろう。彼女の能力を知ってのことか、それとも他に何かあるのか……。

「一応、そのことだけを伝えにきた」

 それだけ言うと、元就は立ち上がる。

「もう、帰るのか?」
「用は済んだ。見送りはいらぬ」

 見送ろうとした二人を遮り、元就は出て行った。

?」
「え? すみません、ぼーっとしてて」

 元親が呼びかけると、は我に返った、それまで、何かを考えているように、焦点が合っていなかった。
 そんな様子のが気になりはしたが、今は何も聞くべきではないとその時は何も聞かなかった。




 精神を集中させて、ギリッと弓を引く。
 的に狙いを定め、放す。
 矢はヒュゥっとまっすぐに的にむかい、ストッと刺さった。
 そして、二本目を構え、弓を引き、放つ。矢は、一本目の矢を裂き、真ん中に刺さる。
 さらに、三本目を構え、引き、放つ。
 真ん中には刺さったが、二本目の矢の隣に刺さった。

「さすがだな、
「元親様……」

 が一息ついたところを見計らって、元親は声を掛けた。
 が矢を射始めた所から見ていた。彼女の矢の能力はたいしたもので、先ほどのように、刺さった矢を射り、その矢を同じ場所に当てることが出来るのだ。
 だが、先ほどの最後の矢は僅かずれた。その証拠に、二本目の矢はその場に刺さったままだ。

「私はまだまだ、ですよ。最後の一本は外してしまいましたし」

 困ったように、は笑う。

「あれができんのは、他の部下達でもいねーぜ」

 的を見ながら元親は言う。長宗我部軍でも、あれほどの腕をもつ弓兵はいない。

、そんなに気負うなよ。俺はお前を明智なんかに渡すつもりはねえんだからよ」
「元親様……」

 元就から話を聞いてから、が落ち込んでいるのを知っていた。極力明るく、いつも通りに振舞ってはいるが、ふとした瞬間に彼女の表情が曇るのだ。
 彼女を誰にも渡したくはないし、彼女の不安は取り除いてやりたいと思っていた。

「ありがとうござます」

 そういって微笑む彼女の表情は、まだどこか影がある。彼女の不安が、ただ明智に狙われているということだけではないことは、元親も気づいていた。


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卯月 静 (09/07/14)