城の一室。
そこで、は元親と向き合っていた。
「なあ、。そろそろ事情を話しちゃくれねーか?」
話を切り出したのは、元親。はぎゅっと拳を握っている。
「……わかり、ました……」
の声は少し震えている。
明智の名が出てから、の様子は変だった。気づいてはいたが、元親は問いただそうとは思っていなかった。
しかし、部下がやられ、尚且つ、明智はのことを「菜々」と呼んだと言う。
それならば、彼女と明智の間に何かあるのだろう。聞かないほうが幸せかもしれない。知らないほうが、彼女を守ることができるかもしれない。
しかし、さすがの元親も気になってしまったのだ。
今の彼女の様子から察するに、きっと、あまり良い話ではないのだろう。そうでなくても、小さい頃は、その能力故に、気味悪がられていたと聞いた。
過去は誰にも秘密にしたいと思うことが存在する。それは、元親だって一緒だ。
だが、元親には、からどんな話を聞こうとも、彼女を守ると決めている。それこそ、彼女が明智の間者だったとしてもだ。
きっと、これを聞けば、元就辺りは甘いというのだろう。だけど、仕方がない。元親はを手に入れた。そして、彼女を誰かに奪われるなんて、真っ平だ。
「私は、明智光秀の部下の妹です」
「明智の部下の妹?」
「はい。名を菜々と申します」
小さい頃の、いや、菜々の能力は、今よりも鋭かった。それは、子供特有の感性故か、それとも、制御ができなかったからかは分からない。
「お母様、海に誰かが船から落ちてる」
海のある方を見ては、そう言う菜々を見て、周りの人間は気味悪がった。
「菜々、出鱈目は言っては駄目よ」
周りの大人は信じない。
菜々にははっきりその光景が見えていたのだ。とてもはっきりと。
あまりに菜々がそう言うものだから、大人達は、菜々の言葉の通り、確かめに言った。すると、それは間違いなく、菜々の言葉の通りだった。
そして、大人たちは、尚更菜々を気味悪がった。
「東の漁村に大波がくるよ。早く皆を逃がしてあげないと」
「…………そう、なら、漁村の人に知らせておくわね」
「はい!」
そして、ある日、菜々は大人たちの陰口を聞いてしまった。
「あなた、あの子、またあんなことを言ってたわ」
「そうか」
「どうにかなりませんの? 何度もあんなこと聞かされて、我が子ながら、気味が悪いわ」
自分の能力が歓迎されていないことは、薄々感じていた。
海の出来事を口にする度に、大人達の目が変わるのを感じていた。
仮にも明智軍の将の姫。周りは差し障りのないように、笑顔を取り繕うが、裏ではやはり、気味悪がっていた。それも、母親もである。
母は、いつも話を聞いてくれていた。それなのに……。それでも母は表では良き母でいたから、菜々もそれに答え、気づかない振りをしていた。
そして、ある日。
「菜々、これからはこの方のお世話になるのよ」
連れてこられたのは、四国の神社。
「お母様は?」
「この方にいろいろ教わりなさい。大きくなったら、迎えにきてあげますからね」
それだけ言うと、菜々を置いて、帰って行った。
ようは、菜々は親に捨てられたのだ。
気味の悪い、可笑しな能力のある娘では、権力者の嫁にも出来ず、政治にも使えない。
だから、この神社の宮司に養子に出された。
菜々に「」と言う名を付けたのは養父である宮司だった。
「そこからは、元親様のご存知の通りです」
元親は黙って聞いていた。
が両親に捨てられ、四国の神社に預けられたことは聞いていた。そして、その原因はやはり、彼女の能力にあったということも分かった。
だが、なぜ今になって明智はを狙うのだろうか……。
「……」
元親は、次の言葉を紡ごうとするが、中々言い出せない。
ただ聞くだけだ。家族の元に帰りたいかと。もちろん、は長宗我部軍だから、いろいろな情報を手にしている。それだけではなく、を敵にみすみす渡したくはない。
しかし、家族が待っていると言われたら……。
「俺は、を明智には渡したくねえ。だから、明智とやり合う覚悟はできてる。だが、もし、が家族の元に帰りたいというなら……きっと俺には止められねえ」
「元親様……」
「本当は、誰にも渡したくねえんだ」
は、そっと元親の手に自分の両手を添える。手を添えられて、元親は目を丸くして、を見ている。
「元親様。私は長宗我部の人間です。私は、一生あなたのお傍にいて、あなたのお役に立つと決めたんです。だから、明智の元には行きません。それとも、敵武将とつながっているかもしれない私は、もう、元親様のお傍にはいられませんか?」
添えられていた手の手首を掴み、自分の近くへ引き寄せる。そして、もう一方の腕でを抱きしめる。
「はだ。この長宗我部にいるのは、巫女をしていただ。他の誰でもねえ。明智と戦になったとしても、絶対渡さねえ。」
「はい……」
はそっと、元親の背に腕を回す。
聞きたい答えがもらえて、嬉しさがこみ上げてきた。
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卯月 静 (09/08/18)