明智軍を向かえ討つ為、長宗我部軍は戦の準備をしていた。
の事は、長宗我部軍の皆に話した。
が話したいと言ったからだ。
自分の所為で戦になるのなら、長宗我部軍の皆は知る権利がある。もし、皆がが明智の元に行けば戦をしなくてすむ、もしくは、自分達が、のために何故戦をしなければいけないのだ、と言えば、は四国を離れる気でいた。
元親は「長宗我部軍にそんなヤツはいねーよ」と言ったが、それでも、は不安だった。周りの人間の殆どがそうだったから……。
しかし、話してみれば、皆、を護ると言ってくれた。
「アニキー、これここでいいスかー」
「おう! そこでいいぜ」
部下達は、走り回り、元親も忙しそうだ。
元親に、常に傍にいてくれと言われたから、はずっと元親の傍にいる。
戦になれば、元親が護りきれないかもしれないから、姿は見えないが、小太郎もいる。
「まだ、不安か?」
「はい……」
走り回る部下達を眺めながら、浮かない顔をするに、元親は話かける。
「本当に、これでよかったのですか? 私の所為で……」
「今は乱世だ。いずれは明智とも戦うことにはなっただろうぜ。それが遅いか早いかってだけだ」
それでも、の顔は暗い。
自分が誰かのために動くことは苦にならないが、誰かが自分の為に傷つくことは酷く嫌うようだ。
元親は、微笑みの頭に軽く手を置く。
「元親様……」
特に何か言葉を掛けてもらったわけでもないのに、ホッとして、気持ちが軽くなる。
「アニキーっ!!!!!」
「なんだっ!」
「沖に明智軍らしき船がっ!」
甘い空気を破って、部下の叫び声が聞こえた。
海を見れば、沖に黒い点がある。あれがそうだろう。
「、分かるか?」
「……間違いありません。明智軍です」
船の空気は明智が纏うもの。冷たく、毒々しい空気。同じく冷たい空気だが、元就とは少し違う。元就の空気は冷たいが、ただそれだけで、他に何もない。
しかし、明智軍の空気は……。
「野郎共ー! 深入りはするんじゃねーぞ! 最後は俺が片をつける!」
「分かってますよ、アニキー!」
幾ら踏ん張っても、明智はここまで来るだろう。ならば、無駄な命を散らす必要はない。
そうでなくても、明智は、殺めることに喜びを覚えているようなのだから、下手に刺激してはいけない。
それに、を連れて行こうとしたということで、元親だって、怒りがないはずもない。
「、俺の傍から離れるんじゃねえぞ」
「はい」
「迎えに来ましたよ、『菜々』」
光秀は思いのほか早く本陣に辿り着いた。
相変わらず、異様な空気を纏う光秀に、は自分の着物を握り締める。
元親は、光秀の空気に飲まれることもなく、着物を握り締めるの手にそっと手を重ね、庇うように、を下がらせた。
「手前ぇが明智か」
「そうですよ、四国の鬼。『菜々』は明智の者、帰して貰いましょう」
光秀とは初めて対面する。噂には聞いていた。殺戮を楽しむ異常者というのは有名だ。だが、実力もあるのも事実で、それは対峙して分かる。
「さあ、『菜々』戻りますよ」
「……嫌です。私は戻りません」
「おや? ……いいのですか、貴方の兄上や、母上も待っているのですよ」
「っ!?」
の瞳が揺れる。
兄と母。元々明智軍だから、いて当たり前、そして、今この場でそれを言うということは、きっと、それは人質のようなものに違いない。
が帰らなければ、どうなるか分からない。最悪命の保障は無いということだろう。
「……」
元親は心配そうに、声を掛けた。
深呼吸をして、は、元親を見た。そして、ゆっくりと、光秀を見る。
明智軍には、血縁者がいる。だが……。
「……私の『家族』は、この長宗我部軍の人達です……明智光秀、私は『菜々』ではありません。私はです。『菜々』という娘は、この世にはもうおりません」
兄や母に会いたいと、そう思ってもいる。でも、あの日、養父に預けられた日から、自分の家族は養父だけだった。あの日から、母にすら捨てられたのだ。そして、元親に出会って、長宗我部の人々も、を受け入れてくれた。
畏怖するでも、気味悪がることもなく。
だから、自分の家族は、この長宗我部の人たちだ。
許されるのなら、皆が受け入れてくれるのなら、自分はここにいたい。
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卯月 静 (09/09/08)