【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 弐
危険を承知で聞くことにしたものの、何を聞けばよいやら。
ここがどこかは一応、さっき聞いた。あれ以上の答えは期待しない方がいいかもしれない。 さらに言えば、今、何故自分がここにいるのかを聞くのも無駄だろうと思う。 親切で助けてくれた場合は何故、があんなところに居たのかは分からないだろうし、逆に悪意を持って、意図的にここにが連れてこられていたのであれば、その場合も答えないだろう。 何故ここに自分がいるのかといった質問はできない。 「まだ、雪って降ってる?」 「さっきよりかは、大分ましになってるだ。それに月も見えてきたしな」 悩んだ挙句、無難な天気の話に落ち着いた。 「この雪何時から降ってるの?」 「何言ってるだ。そんなのここんところ、ずっと降ってるに決まってるべ」 「ずっと……?」 最近雪なんて降っただろうか、いや、降ってない。なんせ、はロンTでジャケットも羽織らず、コンビニに行こうとしたのだ。 雪が一回でも降っていれば、そんな格好で行こうとは思わない。 「しかし、は可笑しな着物を着てるだな」 「そ、そうかな?」 ジッと見るいつきの視線に負け、は自分の服を見る。 別に特に変な感じはしない。普通のラフな格好だと思うのだが。 さらに言えば、自分より、いつきの服装の方が珍しいと思う。 「いつきちゃん。様子はどうだ?」 入って来たのは一人の青年。 しかし、その服装はまたもや古めかしい。いかにも農作業をしていそうな格好。 よく田舎の田植えをしているおじいさんやおばあさんが着ているもののようだ。 彼の年齢的にそんな格好を好んで着るとは思えないのだが、もしかしたら農作業の手伝いでもしていて、それで着せられているのだろうか。 青年はいつきと二言、三言話をして、また出て行った。 先ほどからの違和感が未だに消えない。 いつきと話しても話がかみ合わないし、先ほどの青年にしても、そして、今更ながらこの小屋についても可笑しな点が多すぎる。 は先ほどここを小屋と称したが、小屋にしては生活をしている感じのする小屋なのだ。きちんとかまどらしきものもあり、中央には囲炉裏もある。 しかし、テレビで紹介されるような、古きよき時代の家と言うには狭いような気もする。 そう、まるで、昔の農民が住んでいるような家。 そこまで考えて、の思考は止まった。 昔の農民の家。それが今いるこの場にぴったりと当てはまったのだ。 昔の農民であれば、いつきや先ほどの青年の格好も説明がつくし、違和感もない。その場合違和感があるのはの方になるのだが。 「いつき……ちゃん……」 「なんだ?」 は恐る恐る聞く。 「今が何年とか分かる?」 「オラあんまり学がねぇからわかんねぇだ……」 「じゃあ、どんな時代か分かる?」 「どんなって……お侍が戦ばっかやってるだ。そのせいで、折角オラたちが作った米も台無しになっちまうだ……」 「……戦? どこと……戦ってるの?」 「いろんなところだ。お侍はオラ達のことなんか考えないで、毎日戦ばっかりやってるだ」 「待って、いつきちゃん。ここら辺で一番偉い人は誰?」 「村長のことだか?」 「ううん、それより偉い人。例えば……お侍様の名前とか」 「お侍の名前だか? ここの近くだと津軽様と南部様っていうお侍がいるはずだべ」 津軽……りんご? いやいや、違う。多分昔の侍の家の名前だろう。でも、津軽と言うくらいだから、ここは青森に近いのだろうか。 それにしても、今ハタッと気付く。自分は既に此処が自分の知っている土地ではないと認識していたらしい。 侍なんての住んでいたところにはいない。 住んでいたところどころか、世界中探してもいない。 日本語が通じるあたり、ここは日本に間違いないし、先ほど津軽といった知った語も出てきたから、推測すれば過去の時代。 それも侍がいるということは、少なくとも幕末以前。 もっとマジメに日本史の勉強をしておくべきだったかと後悔する。 そうすれば、ここがいつの時代なのか分かるし。 もしくは、タイムスリップ物の小説でも読んで、主人公がどんな対処をしたのかくらい覚えておけばよかったかと思う。 そうすれば少なくとも、今後の身の振り方も分かったものを……。 「? どうしただ?」 「あ、何でもないよ。そーいや、今戦ばかりで大変なんだよね? 私がここに居ても平気なの?」 「それは問題ないだ。村のもんは皆快く受け入れてくれてるべ」 「そっか。ありがとう」 だが、この村の生活水準が分からない以上、あまり長くここの世話になるわけには行かない。 しかも、いろいろと考えないといけないことも多いし。 取りあえず、考えたいことがあるから暫くは一人にしておいてといつきに頼んだ。 いつきは心配そうにしてたが、大丈夫だと笑顔でつげるとしぶしぶだが、一人にしてくれた。 一人になって考えを整理することにした。 未だ頭は混乱していて、しかも、ここが何処なのか、と言うのはまだ分かっていない。 まず、一つ目。 「ここは私のいた時代じゃない」 突拍子のない考えだが、いつきの話から、そう考えるしかない。 侍がいるという時点で既に、のいた「平成の世」ではない。 そして、二つ目。 「私の住んでいた地域でもない」 当初、は異常気象のせいで、雪が降ったのだと思ったが、それもいつきと話している時に違うと認識させられた。 方言もがいた地域とは違う。 自身も地方の出身ではあるが、自分の出身の方言でもない。 日本が昔と大分変わっているのだから、時代が違えば、土地の雰囲気も違うだろうと言えばそれまでだが、にはどうしても、自分の住んでた、もしくは、出身の地域には思えなかった。 いつき達の訛りは東北の地域のものだと感じたことも理由の一つだ。 「あとは、ここが何時の時代かだよね」 いつきに聞けば偉い人の名前がでるかと思ったが、知らない名前しか出てこなかったし、知ってる土地の名前も出てこなかった。 このことで、は自分の知る地域ではないことを確信した。 時代が大昔だと言っても、一つくらいは聞いたことのある土地がでてくるはずだ。だが、出てくる村や町の名前や、更には神社や山の名まで聞いたが、思い当る物はなかった。 ここら辺を治めているという、津軽と南部。津軽はりんごで知ってるが、人の名としては認識してない。しかし、津軽という名称からここが、北の方だろうとは思った。 「あーでも、苗字名乗らなくってよかった……」 ここが、幕末以前であれば、苗字を名乗るのは得策ではない。 平民に苗字が許されたのは明治維新後だったと思う。 明治維新後であれば、きっと県が出来ていたはずだが、いつきはそんな話はしなかった。 ということは、平民には苗字はないはずで、万一苗字を名乗っていれば……。 「どこかのいいとこのお姫様だと思われてややこしいことになってたなぁ」 は意図して、苗字を答えなかったわけではない。ただ、いつきが名前しか言わなかったものだから釣られる形になり、名前しか言わなかっただけである。 取りあえず、もう少しここのことを知るために、いつきにいろいろ聞きにいこう。 先の世からきたと言っても信じないだろうし、ここは異国から戻ってきたとでも言うのがいいかもしれない。 いつきに嘘をつくことに罪悪感を感じないではないが。 思い立ったら、と家を出る。 外にでると周り一面の銀世界。 改めて自分のいたところとは違うのだと感じさせられる。 次へ 戻る 卯月 静 (06/12/17) |