【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 四
一揆の結果は村人の負け。
これまで善戦してきたものの、きちんと訓練された伊達軍には敵わなかった。 何より、総大将自ら、いつきと対峙し、勝利した。 いつきが負けてしまえば、他の者では敵う筈は無い。 「なんで……オラ達は……田を守りたいだけなのに……」 負けたいつきはボロボロと大粒の涙を流す。 侍のせいで荒れた田。原因が侍なのだから、その侍を懲らしめようと思って何が悪い。 悪いのは向こうのはずなのに……、自分達は自分達の宝である田でさえ守れないのか。 いつきは目の前の政宗を睨む。 全く敵わなかった。いつきの年齢が幼いということを差し引いてもきっと敵わなかっただろう。 自分の無力をまざまざと突きつけられて、尚悔しさは消えない。 「ったく。農民が武器持ってどーすんだよ。しかも、お前等が持ってンのは作物をつくる道具だろうが」 「だったら、どうすればよかったべっ!! 田が荒れて、オラ達が飢えるのを待っておけっていうだかっ!」 「そうは言ってねーだろう。人にはそれぞれ役割っつーもんがあんだよ。農民は作物をつくる。で、俺等はその農民を守る。作物を作る農民が戦を仕掛けてどーすんだよ」 「で、でも、戦ばっかで、お侍は誰も助けてくれねーだ……」 「だから、俺が居るんだろうが。今に俺がこの乱世を終らせてやるよ。You see?」 政宗はいつきの頭に軽く手を置く。 置かれたいつきはぽかんっとしたまま、政宗を見ている。 仕方ないことだろう、今までの武士はそのようなことをするものは居なかったのだから。 「……これから、オラ達……どうなるだ……?」 一揆を起せばお咎めを受けるのは仕方ない。 確かに思いつめて、一揆を起してしまったが、村人全員が咎を受けることになってはいけない。 言い出したのは自分だ。咎を受けるのは自分だけでいい。それくらいの覚悟は出来ている。 「……お、お侍さまっ!!」 「戦いは終ったんですね」 お咎めを受けるのは自分だけと主張しようとして、背後から声が掛けられた。 周りはしんっと静まり返っていたせいか、声の主であるが思っていた以上に響いたようだ。 「…………。アンタが噂の姫様か」 「どんな噂が流れているのかは存じませんけど。この村で姫と呼ばれているというのであれば私ですね」 いつきの勝負が終ったから家から出てきた。 いつきの相手は今目の前にいる、隻眼の武士だったようだ。 そして、同時に彼が軍の大将だろう。 ここからが勝負どころだ。 如何に、神秘的な雰囲気を出すか。不思議な力を持っているように思わせるかだ。 自分に有利になるような能力を、「姫」が持っていると思えば、きっと直ぐに殺したりはしないだろう。 それと同時にこの村人の安全を保障する取引の材料にもなる。 目下の問題は、この使い慣れない言葉遣いをとちらないようにすることだ。 「Hey,gilr! アンタの名はなんだ?」 「ガール、というような年齢ではありませんよ。せめてレディと言って頂ければ光栄なのですが」 「……アンタ……異国語が分かるのか」 「少しであれば。不思議ですか?」 「そりゃな。俺の部下でさえ、わかるヤツは殆どいねぇ」 「でしたら、私は珍しい人材なのですね」 は政宗の視線に耐えながら、表面上は顔色を変えずに答える。 目の前の武士はそうとうな大物に違いない。 自分にここまで度胸があることに正直驚いたが、ここまでやったなら後には引けない。 「そうかもな。もう一度聞くぜ。What's your name?」 「名前を聞くのはまず自分からというのが礼儀……と言いたい所ですが……」 楯突くような言葉を言ったとたん、周りに居た武士達が刀に手を掛けた。 これ以上無礼な発言をすれば叩っ切るといった様子だ。 「私共の立場上、そのようなことは言えないようですね。名は……と申します」 「か……。俺は奥州筆頭、伊達政宗だ」 伊達政宗。日本史の授業をろくに覚えていないでも名前だけは覚えがある。 確か、独眼竜と畏れられた名将だったはずだ。 だが、彼は生まれるのが遅かったせいで、戦国の武将達と競うことは出来なかったのではなかったか。 先ほど、政宗は「この乱世」といった、その為戦国時代に来たものだと思っていたのだが。 計算が合わないような気がする。 それともが勝手に戦国時代だと勘違いしているのだろうか……。 はたまた、の記憶が間違っているのだろうか……。 いや、ここがいつの時代なのかということはこの際今は関係ない。 今重要なのは、いかに一揆衆の罰を減らすかだ。 「一揆の首謀者達を処罰するおつもりですか?」 は出来るだけ、凛と強く聞こえるように言う。 それも、目の前の敵の大将である政宗を真っ直ぐ見て、だ。 「ですから、一揆衆を、特に首謀者であるいつきを処罰するおつもりですか? とお尋ねしてるのですが」 「一揆を起して、それが失敗すりゃ、処罰されんのは当たり前だろうが」 一揆を起したものは処罰される。それはいつきもよく分かって実行したことだ。 その事はだって分かっている。 「そうですか……」 はスッっと手を上げた。 それと同時にカチャッと言う音と共に政宗を始めとした伊達軍は侍達に囲まれた。 「What? 何のまねだ?」 「自分の身を守る為の手段の一つです。伊達政宗様。今から私達と取引を致しませんか」 の物言いに政宗は目を細める。 は「しませんか」と言った。「いませんか?」と尋ねてはいない。 「交渉ねぇ……。ここで俺がNO! と言ったら?」 「落ちて頂くだけです」 「この程度の雑魚に俺がやられるとでも?」 「交渉をしようと言っている農民の衆を皆殺しにでもすれば、家臣の中から少なからず不満は出ましょう。もしくは、他の地域の方々に聞こえが悪くなるかもしれませんね。それについては、死人に口無しと申しますから、私どもでは何も弁解して差し上げることはできませんが」 「条件はなんだ?」 「政宗様?!」 交渉に応じるという政宗の態度に、隣にいた小十郎は声を上げる。 「落ち着け小十郎。何も全部の条件を呑むってわけじゃねぇ。まずは話しを聞くだけだ」 「…………分かりました……」 「Okey! もう一回聞こうか。条件はなんだ? まさか天下を盗るから降れというんじゃねーだろうな」 「これだけ兵士を集めているわかだしな?」と政宗は嗤う。 「まさか。私達は農民です。ですから、天下を治めた所で、再び戦乱の世に戻るだけです。私達は政と言うものが何かなど欠片も分かっておりません。天下を盗ったところで治められるわけがございませんもの。それに、今の状況はこちらに有利ですが、負けは負けです」 顔色変えず、ポーカーフェイスで話しているものの、心の中ではいっぱいいっぱいだ。 いつ向こうが攻撃してくるか分からない。 それでも、は続け、政宗も静かに聞いている。 「そもそも、私達の望むは毎日田を耕すことのできる日常でございます。安心して田を耕し、米を育てることができるのであれば他に望むものは御座いません」 そこまで言って、は一回区切り、軽く息を吸う。 「伊達政宗様に申し上げます。このまま一揆を不問にしてお帰り下さい」 の言葉に政宗を除いた伊達軍はざわつく。 無理も無い。ここまで制圧に来たのに、不問にしろ、つまり見逃せを言っているのだから。 「I see. アンタ達の言いたいことは分かった。だが、俺達もこのまま手ぶらで帰るわけにゃぁいかねーんだがな」 政宗のその言葉にいつきが前にでる。 「二度と一揆はしないって約束するだ!! 何か持って帰らなきゃいけねえなら、ここの米をいくらか持っていけばいいだ! それでもまだ足りないなら毎年いくらかの年貢をお侍さまのとこに納めるだ!! だから……だから……村の皆だけでも見逃して欲しいだ……」 いつきは最後には泣き始めてしまった。 だが、最初の打ち合わせではこのタイミングで決めてあった条件をいつきの口から言うようにと頼んでおいた。 米や年貢のことについてははいくらいっても信用はされないだろう。この村の代表はあくまで、いつきだ。 「村のヤツ等を助けたい気持ちはわかるが、年貢が多いってのも一揆を起した理由の一つだろ? 俺のとこにまで治める余裕があるのか?」 「いいえ。複数のところに納める余裕などはありません。ですが、先ほど、政宗様はいつきを破りました。ですので、ここを伊達の直轄領として頂きたいのです。そうすれば治める場所は一箇所のみになります」 「直轄領か……」 「ええ。私達は津軽、南部を破りました。つまりは、今までは誰の支配下にも置かれず、いわば、代表者であるいつきが治めているようなものです。それを破ったのは貴方様。直轄領にしたところで周りからは不満はでないと思いますが?」 「……そうだな」 「それに」 は泣いているいつきの頭を優しくなでる。 「更に言えば、納める米の量は毎年一定の割合で納めさせて頂きたい」 「割合?」 「はい。一定の量でも、田に対しての割合でもなく、収穫高に対しての一定の割合。一定の量や、田に対しての割合では豊作の時であれば蓄えも出ましょうが、凶作であれば納める分の米しかできず、私達の元には全く残らないこともあります。其分収穫高に対する割合であれば、豊作の年には十二分な量を。凶作であっても一定の割合は納めますし、尚且つ私達の生活が困ることもありません。苦しいのは一緒なのですし、いくらかの米は手元に残ります」 いつきの土地は、比較的肥沃な土地だと聞いた。田畑が荒れるのは、戦をしているからであり、それさえなければ凶作になることは滅多にないようだ。 もちろん、肥沃な土地だからこそ、周りの国が狙っているというのも事実。しかし、伊達が納めているとなれば、そう簡単に手は出せないはずだ。 収穫高に対する一定の割合の年貢。年貢と聞いて、が思い浮かんだのは、消費税だっだ。消費税は百円でも一万円でも税率は一緒。年貢も割合が同じならば、収穫高が多ければ、かなり農民の手元に残る。 「悪くない条件だと思いますが?」 「確かにな、だが、ここで無理やり武力行使にでることもできるんだぜ?」 「民あってこその国。そして、貴方は賊ではないでしょう? ここで私達に危害を加え、蓄えてある米を盗ったところでそれで終わり。命の糧である作物を生み出す人が減り、困るのは貴方だと思いますが? 違いますか?」 「確かにな。だが……武力行使にでて、全て揉み消すこともできるんだぜ?」 「いくら、農民の一揆といえど、揉み消すことは容易ではないと思いますが? たとえ、揉み消したとしても、それが後々の問題になるという事もありますよ」 「…………いいだろう、その条件を呑んでやる」 の言葉に、政宗は少し沈黙した後、YESと返事をした。 政宗の返答に伊達軍は驚き、一揆衆は嬉さで声を上げる。 「本当か? 本当にその条件を聞いてくれるだか?」 いつきは何回も念を押す。 無理も無い。にいわれて、それで成功するならと思ってはいたが、ひょとしたらお侍は聞いてくれないかもしれないと思っていた。 その上、来たのは何だかわがままそうな男だったのだから尚更だ。 「Yes. 武士に二言はねぇ。一応代表者に宣誓はしてもらうがな。…………それと……」 宣誓くらいならやる。といつきが答えた後、政宗が言葉を続けたことで場が固まった。 「そこの姫様とやらには、俺と一緒に城に来てもらおう」 次へ 戻る 卯月 静 (06/12/23) |