【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 伍
さて、無事に特に被害も無く、誰一人として罰せられることもなく一揆は鎮圧した。
しかし、鎮圧に来た奥州筆頭の一言でその後は大変だった。 いつきを始めとした一揆衆は、 「何言うだかっ!! さっき誰も処罰しねえて言ったべ!!」 と怒りだし。 予想もしなかった小十郎を始めとする伊達の家臣達は、 「なっ! 政宗様!! 何を仰っておるのですか!!」 とうろたえ始める。 当の本人である政宗はケロリッとしているし、言われたは何を言われたのか一瞬分からなかった。 「Shut up!! ごちゃごちゃ五月蝿ぇー! まず、そこのチビ!」 「な、何だべ」 「別にお前のとこの姫を処罰するためじゃねーから安心しろ。ただ色々と聞きてぇことがあるだけだ。と言うわけだ、小十郎。文句は聞かねぇぜ」 政宗の言葉に押し黙る二人。二人の心中はそれぞれ全く違うものだろうが、共通なのは一つ。この言葉に従うことが正しいかどうかだ。 いつきの場合はの身を案じ。対する小十郎は政宗の身を案じ。ここで異議を唱えても目の前のこの男は実行に移すだろうが、それでも、それがいい結果を生むとは限らない。 「…………聞きたいことがあるのでしたら、ここでもいいんじゃないですか?」 その沈黙を破ったのは当事者その二である。ちなみにその一は政宗本人。 その場にいる者の視線が全てに集まる。 視線がすごい痛い気もするが、言ってしまったからにはしょうがない。 「ここなら、周りに村の皆がいるから何かあっても大丈夫でしょ?」 といつきに。 「城に素性の知れない者を連れて行くよりも、先ほどまで戦をしたといっても農民が大半のこの村の方がまだ安全ではないですか? 何かあれば直ぐ動けるようにしておけば、再び戦いが起こっても勝ちは間違いなくそちらにあるのですから。」 と小十郎に。 そして。 「この村で質問できないような質問にお答えすることはできませんので。ここで質問できないと言うのであれば、即刻お帰り下さい」 と政宗に言ってのける。 「俺は別に構わないぜ」 「でしたら、ここで質問を伺うことにしましょう。とは言っても、この場というと何かと不便ですので、あの小屋でということで。ああ、何も罠などありませんから安心して下さい。そもそも質問されるなんてことは想定していませんでしたから」 あの小屋で。とが指したとき、小十郎は罠かもしれないと少し顔を歪めたが、はそれに合わせて主張したため、そのまま一行は小屋に入り、そこで政宗が尋ねたいことを聞くことになった。 小屋にいるのは、政宗、、小十郎、いつきの四人。 他の者は外で待機している。別に他の人に聞かれるのが嫌で、この人数になったわけではない。 ただ単に、この小屋に入り切らなかったというだけだ。そんなに大きな小屋ではないために、全員が入れるわけがない。 しかも、いつきのような子供や、のような女性ならまだしも、男性、特に伊達軍の男性陣はガタイがいい。 全員が入れる場所など、この村にない。 「では、伊達様。私に聞きたいこととは何でしょう?」 「……っつったか。アンタ、何者だ?」 「何者……とは?」 政宗の質問の意図が読み取れず、は疑問符を浮かべて首を傾げる。 「アンタ、この村の人間じゃないだろう」 「ええ。違いますが」 この村どころか、この時代の人間でもない。 「やっぱりそうか。アンタの手は農民にしては綺麗過ぎるからな」 そういわれて、いつきと小十郎はの、自身は自分の手を見る。 別に一般的な女の子の手だ。何の変哲もない。 それに、手が綺麗などと生まれてこの方一度も言われたことはない。 綺麗な手と言われてに思い浮かぶのは、CMなんかのいわいる、手タレといわれている人の手だ。 自分の手とは程遠い。 が、政宗は「農民にしては」といった。確かにそうかもしれない。 農業なんてしたことないし、洗濯は洗濯機がやってくれるし。まだ冬は来てなかったから手荒れもまだない。 ここに来て質素な食事にはなったが、この間まで、一人暮らしで栄養が偏ってるといっても、食べる物はこの時代の農民より遥かに良い物を食べていた。だからここにいる者に比べれば艶もいいだろう。 「最初は何処かの姫かとも思ったんだが……。姫って感じの雰囲気でもないしな」 確かに自分は庶民だ。家は中流の平凡な家庭だ。 だが、それは失礼なのではないのか、伊達政宗。 「だが、普通の娘にしては頭もいいし、何より、俺以外話さないはずの異国語ができる」 英語で答えたのは失敗だった、とは少し後悔した。 にとってはさほど違和感もなかったから英語で答えてしまったが……。 鎖国中の江戸時代だったら、今自分はキリシタンと思われて処刑されかねない。 伊達政宗が英語を使ってるあたり、処刑される心配はないとは思うが。 「もう一度聞くぜ。…………アンタ、何者だ?」 政宗の視線は真っ直ぐを射抜く。 視線を逸らそうと思っても逸らすことができない。 政宗の視線はの視線を捕まえて放さない 「………………」 どう返答しよう。 正直に未来から来たというべきか。 それとも、異国からきたと言っておくか。 まず、未来から来たと言って信じてもらえるかどうか。仮に信じてもらえたとしても、歴史なんて殆ど覚えてないから、合戦の相手の出方を教えろなどと言われても役に立たない。少しなら知っているが、伊達政宗に関することなんて、小さい頃に天然痘で失明したと言うことしかしらない。 最初に考えていた通り、異国から戻ってきたというべきか。 だが、それも困ることになるかもしれない、この時代の海外の様子なんて尚更分からない。 「…………月から……月から参りました。と言ったら信じますか?」 悩みに悩んだ末、の口から出たのは途方もない言葉だった。 しかも、はこう答ようとは思っていなかったのに……。 ホント、自分は何言い始めてるんだろう。と思うと同時に、タイムスリップ物の小説でも読んでおくべきだったと激しく後悔した瞬間だった。 ああ……言うんじゃなかった……。 の発言に政宗と小十郎は「コイツ、とうとう頭が可笑しくなったか」といった哀れみの視線を向けてきた。 いつきは素直なのか、そのままの言葉を信じ、その顔には驚きが表れてる。 「あー……悪い……。耳が可笑しくなったらしい。もう一回言ってくれるか」 「ですから、月から参りましたと言ったら信じますか? と言ったんです」 「貴様っ! 政宗様の質問に真面目に答えろっ!」 がふざけていると思った小十郎は、ガンを飛ばしながら怒鳴る。 強面の顔にその怒声はマジで恐い。 「じゃあ、何か。アンタはかぐや姫とでも言う気か?」 「かぐや姫と言う程大層なものではありません」 政宗は小十郎を諌めて、話を続ける。 「仮に、アンタが月から来たとして、どーやって来た?」 「分かりません」 「どうして、異国語を知ってる」 「私の住んでいたところでは単語程度であれば普通に日常で飛び交っていますし、異国語は必ず学ぶ決りになってます」 「I see.」 の「月から来た」宣言に特に突っ込むこともなく、政宗は意外とあっさりと納得したらしかった。 月から来たということを信じたわけではなく、真偽を確かめようとしていては、埒が空かないと思ったのだろう。 「じゃあ、他の質問をさせてもらうぜ。姫様の『不思議な力』とはなんだ?」 「不思議な力なんて持ってません」 の答えに政宗は目を細める。 「嘘をつくと為になんねぇぜ」 「嘘なんか付いてません。噂に尾びれや背びれが付くのは仕方のないことでございましょう?」 だんだん、この言葉使いに疲れてきた。 外での会話はある程度シュミレートしてきたから大丈夫だったとはいえ、今のこの状態は予想してなかった。 しかも、政宗の視線も恐いが、何より、その隣の小十郎の視線が恐い。 「じゃあ、噂はあくまで噂ってわけか」 「はい」 「じゃあ、あそこにいた侍共は何だ? あれは津軽と南部の侍だろう?」 流石というべきなのか、先ほど政宗達を囲んでいた侍を見抜いたらしい。 「ええ、あの人達は津軽と南部の兵士です。この間一揆を制圧に来た軍の一部の者達です」 「どうやって、手懐けた?」 「怪我の治療をしただけです」 「制圧に来た敵を助けたのか?」 「ええ、殺すことは望んでいませんので、負傷した者の怪我の治療をしただけです」 「……本当に、それだけか?」 「……自分達を置いて逃げた軍にまだ居場所があると思うのなら戻ってもよいと。それと、戻る気がないなら、ここで村の警備をして欲しいとはいいましたけど」 回復した兵に戻ってもよいという。一見、慈悲深いようにも思えるが、実際は違う。 置いていかれたということは、すでに軍の中では死亡したということになってるだろう。もしくは逃亡したと。 つまりは戻ってもきっと自分の居場所はない。つまりは帰るところはない。 だから「居場所があるなら」といったのだ。 要約すれば「戻れるもんなら戻ってみろよ。どーせ、受け入れてはくれないぞ」といったところか。 負傷して、尚且つ助けられた者にとっては、ここにとどまるしかない。 「last question だ。あそこで、俺が交渉に応じなかったらどうした? いくら侍がいるといっても勝つ見込みは無かったと思うんだがな」 政宗だからこそ、そして、持ちかけた相手がだったことで交渉に応じようと思ったのだ。 あそこで交渉に応じずとも勝つことはできた。 いくら侍に囲まれたといっても、政宗の敵ではない。 「ですから、落ちていただくと言いましたけど」 はことも無さげに言う。 伊達主従二人は二人して意味が分からないといった顔をしている。 「伊達様達が立っていた場所は本当に地面の上だと?」 「何?」 未だ、言ってる意味のわからない政宗と小十郎には説明する。 政宗、ひいては、伊達軍がいたあの場は大きな落とし穴だったらしい。 落とし穴であれば、何故立った瞬間に落ちなかったか。 伊達軍が立っていたのは落とし穴の上に設置した板の上。そして、その板は縦横に数本の縄によって支えられていた。 あの場に数人が、最悪、あの位置に敵の大将さえ立てばいい。だから、敵の軍を少しずつ減らす。 上手い具合にいつきとの戦闘が終ったあと、が出てきたことで政宗は穴の上に移動する形になった。 あとは、交渉を断った瞬間に四ヵ所の縄を切ればいい。 板やロープをばれないようにするのは雪が自然としてくれる。それに、重さで少し沈んだ所で、足場の悪い雪の上、さほど気にはならず、気付く確率も低い。 「大した lady だな。…………気に入ったぜ……。やっぱり、城に来い!」 「何でだ!? 質問は終ったなら、が城に行く必要は無いべ!!」 「政宗様!! こんな得体の知れぬ女子を城に連れ帰るなどと!!」 「俺が決めたんだ、誰にも文句は言わせねぇぜ」 政宗のその答えに小十郎は大きく溜息を付いて諦めた。 政宗の態度は誰が何を言おうとも変えないといった態度だった。この状態の政宗を諌められる者などいない。 「駄目だ! って言ったら駄目だ!!」 「俺が連れて行くっつったんだ!! 連れて行く!!」 いつきはまだ納得はしてないらしく、当事者であるをそっちのけで、政宗と言い争っている。 次へ 戻る 卯月 静 (06/12/23) |