【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 八
「俺の物になれ」
それが政宗が取り引きをしようと言った直後に放った言葉だった。 「月から来たと言ったくらいだ、帰る所があるわけじゃねぇんだろ? ま、あっても関係ねぇけどな」 確かに、現代の日本。ここからすれば未来の日本からやってきたに、この世界での居場所があるわけがない。 探せば、自分のご先祖様くらい、この世界にいるだろうが、誰がご先祖さまかなんて分かるわけがない。 苗字のある身分であれば見つかる確率も高いが、苗字を持たない農民であれば見つけることはとても困難だ。その上、偶然にも先祖が見つかったとしても、「私は貴方の子孫です。だから家に置いて下さい」と言って誰が置いてくれるだろう。 「確かに、ここで住む場所はありませんが……」 「なら、話しは早ぇ。ここに住めばいい」 「……へっ?」 「……政宗様!?」 が間抜けな声を出したのと、小十郎が政宗の名を叫んだのと同時だった。 「このような素性も分からぬ、怪しい女子を城に置くなどとは、少々お戯れが過ぎるのではりませんか」 「素性なら分かってるじゃねぇか。『月から来たかぐや姫』だ」 「まさか、そのような戯言を信じておられるのですか?」 「んなわけあるかよ。言っただろ、コイツが何処から来たのかは関係ねぇ。ようは『一揆衆を導く不思議な力を持った姫君』が手元に欲しいだけだ」 「その『姫君』が政宗様に延いては、伊達に害を与えないとは限りません」 「あの手で俺を殺せるわけがねぇ。それに……コイツは仮にも、残党だが、南部と津軽の兵を味方につけた。その能力は使えると思うぜ」 小十郎は、政宗が幼少の頃から傍にいる。だから、自分の主がどのような性格なのかは、十分承知している。この発言が無責任に、思いつきだけで放たれた物ではないことも分かる。 だが、それでも、政宗の言う『かぐや姫』が、何処かの間者でないとは言い切れない。 この場で話すだけならまだしも、城に住まわせるとなれば危険も大きい。 政宗と小十郎が言い合っている中、は一人話しについて行けなかった。 「おい」 は政宗に呼びかけられて初めて、自分が呆けていたことに気付く。 「……え、あ、はい」 「見たところアンタは、どこかの姫には見えねぇ。どうして、姫などと名乗った? それに不思議な力も無いといってたな」 「自分達の後ろには、人外の力がついている。そう思わせる為です」 政宗のいうとおり、は姫などではないし、不思議な力も持ってはいない。手品すらやることなどないのだから。 しかし、一揆衆の士気を少しでも上げる為に、不思議な力を持っていると装った。 「それに、相手方にも、人外の味方が付いていると思わせられれば威嚇にもなりますから」 自分達のバックに人外の能力が付いているとなれば、味方の士気はあがり、敵への威嚇になる。 味方の士気があがる要素になるということは、歴史で教わっている。 それは日本のみならず、世界史としてもならっている。帝国だった時代の日本然り、ヨーロッパの「オルレアンの乙女」然りだ。 「……なるほどな。」 不意に自分の名前を呼ばれてビックリした。 今まで、政宗はのことを「アンタ」とか「コイツ」とかと呼んでいた。 それなのに、急に名前を呼んだ。 「はい……」 「さっきの返事を、一応聞かせて貰おうか。衣食住の保障はしてやる。それに、俺の物っていうのは言葉のあやだ。別に俺の女になることを期待してるわけじゃない」 反対していたはずの小十郎は、どう政宗が説得したかわからないが、むしろ呆れてしまっているようにも思えるが、もう言葉を挟む気はなさそうだ。 「俺の物になれ」と言っても、を女として欲しているのではないし、衣食住の保障をしてもらえるのなら、願ったり叶ったりだ。 帰り方が分からないのだから、このままここに甘えてしまうのもありかもしれないが……。 「衣食住の保障だけでなく、身の安全も保障して頂きたいのですが」 住むことになって、命を狙われたのではやってられない。 「ああ、そっちの保障も出来る限りはしてやるよ。そのかわり、アンタには今までどおり『不思議な力を持った姫』をやってもらう。最初からそのつもりだったからな」 『不思議な力を持った姫』それが政宗が欲しい物。『姫君』がいるのといないのでは他国への影響も違うだろう……。 それに、にとっても城においてもらえるのは願ったり叶ったりであることは明白。 「……でしたら、そのお話、お受けいたします」 こうして、は政宗に世話になることになった。 広間に座る侍達。年齢層は様々だが、その半数以上、特に若い人はガラが悪い。 村からこの城に来るまでの間、伊達軍のガラが悪いことはよく分かった。 しかし、これだけ、ガラの悪い人がそろっていると、暴走族の集会ってこんなのなんだろーか? と思ってしまう。 実際に、は見たことはないが、マンガや小説、またはドラマなどで出来たイメージとしては、今まさに、そのさなかにいるように思える。 伊達の家臣達は、自分達の主君の隣にいる女、のことが気になるらしく、先ほどからチラチラと見ている。 この中の数人は、一揆の制圧に行っていた者もいるはずだから、のことを知っている者のいるだろうが、それ以外の、特に年配の家臣達の視線は決して友好的なものではない。 「この間の一揆の件だが……」 政宗は話し出すと、全員の視線が政宗の方に向き、から視線が外れた。 正直助かったと思う。あれ以上見られていたら、きっとに穴が空いたに違いない。 「一揆は無事制圧した。あの土地は伊達の直轄の領土とする。そして、首謀者の処罰は無しだ」 一揆を起しておきながら、処罰は無し。 政宗のその言葉に、皆がざわめく。 この後に再び一揆を起させない為にも、また他の村で一揆を起させない為にも見せしめとして、首謀者が処罰されるのは普通のことだった。 それに、処罰無しではこれからまた一揆が起こらないとも限らない。 周りは覇権争いで、国と国が争ってる中、一揆を起されたのでは戦に負けかねない。 「戦利品といっちゃなんだが、噂の『姫様』を貰って来た」 そう言って、政宗はを自分の方へひっぱる。 急に引っ張られ、は体制を崩した。 そして、政宗の胸元に倒れ込む形となる。見ようによっては、が政宗にしな垂れ掛かっているようにも見える。 「こいつがここにいる限りは一揆が再び起こることはねぇ。一揆衆の大切な『姫様』だからな」 少なからず、大半のものはこれで先の一揆衆への処遇に納得するだろう。 頭の固い年配者達にはここで何を言っても無駄だから、後々手を打てばいい。 「コイツはこれからこの城に置く。言っとくが、こいつは『俺が連れて来た』んだ。そこを覚えとけよ。You see?」 政宗が連れてきた=政宗の物。 つまりはコレでの安全は概ね保障されたことになる。 主君の物に手を出すほど、伊達軍は莫迦じゃない。 それと同時に、は付いて来たのではなく、政宗が連れてきたのだから、下手に危害を加えれば、自分の首が飛びかねない。 この会議の前に、は政宗から、絶対に話すな、と念を押されていた。だから、は黙っていたのだが、今さっきの政宗の発言では、自分は政宗の女と認識されてしまったのではないかと思う。 今のの体勢(政宗の胸元に倒れ込んでいる)で、あんな事を言われれば、誰もがそう思っても仕方が無い。 それでも、自分の身の安全を確保するには、今の状況以上にいい方法が無いと思うのも事実。 いつか自分は元の時代に戻るかも知れないのだから、このまま誤解させておいてもいいかもしれない。とのんきに考えていた。 次へ 戻る 卯月 静 (07/01/04) |