【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 拾
城下はかなり発展していた。
城下町など時代劇のドラマでしか見たことのなかったではあったが、この城下町がとても活気がある、ということはよく分かった。 皆の笑顔は明るく、雰囲気がとても気持ちいいのだ。 これは間違いなく、ここの領主が有能であり、尚且つ民のことを考えているからだろうと分かる。 「ん? どうかしたか?」 気付かず、隣にいたここの領主である政宗を見つめていた。 「な、なんでもないっ!」 その事に気付き、は慌てて否定する。 政宗のことを考えてたから、顔を見つめてしまっていたなど、絶対言えない。 「変なやつだな」 幸い政宗にはそういったことはバレていないようで、不思議そうにするものの、それ以上は突っ込んでこなかった。 「小十郎さんは付いてこなかったんだね」 「小十郎には黙って来たからな」 「は?! え、だって、さっき許可取ったって……」 「It's a lie.嘘に決まってんだろ。小十郎なんかに言ったら一生許可なんて取れねぇよ」 小十郎の許可が下りたと聞いたから、は付いてきたのだ。 もちろん、城主は政宗だから、その家臣である小十郎が政宗に刃向かえるハズはない。 が、政宗の世話も小十郎であり、政宗を戒める役も主に小十郎が担っている。 「……小十郎さんに怒られる……」 小十郎は政宗をも叱るのだ。それは政宗のことを案じてのことではあるのだが、小十郎が怒ると恐い。 睨まれただけでも迫力はある。世話になって小十郎もに打ち解け、今では畑も手伝わせて貰えるようにはなった。 だが、恐いのには違いない。 あの顔で、あの声で、あの瞳で叱られると思うと気が気じゃない。 政宗が連れて行ったといっても、きっと自分も連帯責任として怒られるのだ。 それはただの予想では無く、今までの経験上からだ……。 「政宗さん! 戻ろう!! 私、小十郎さんに怒られたくないっ!!」 「NO! 諦めろ、お前だって共犯だ。しかも、今更帰ったところで、小十郎に怒られるのは同じだろ。なら十分楽しんでからでいいじゃねぇか」 「いや、でも、今ならまだ少しの小言で終るかもしれないし……」 「……じゃあ、お前は戻れよ……」 渋るに、政宗の声が急に不機嫌になる。 「……城の中にいるばっかりじゃ退屈だろうと思ってたんだが……俺と外に出るより、小十郎と城にいる方がいいんだろ……。なら、今直ぐ戻ればいい」 特にすることのない、城の中で、退屈してたのは事実だ。 政宗や小十郎、その他の家臣達や女中達が珠に相手をしてくれるものの、彼等も皆仕事がある。 この世界での時間の潰し方など知らないにとっては、退屈に思うことも多かった。 政宗が自分を思ってくれていたことと、自分が小十郎の名を出して戻ろうと言ったことでスネてしまってるらしいことを思って、は少し嬉しかった。 「……なんだよっ……。帰るなら、さっさと帰れよ……」 「……帰るのやーめた。折角政宗がデートに誘ってくれたんだから楽しまないとね」 は政宗に笑顔で言う。 「ほら、行くんでしょー」 そして、政宗の袖を掴み、どんどん引っ張って行く。 が笑顔で答えたことに不意を付かれたのか、それとも「デート」と軽く言ったことに驚いたのか。そのどちらなのかは分からないが、政宗は暫くの間引っ張られるままになっていたの。 「ったく。お前は道知らねぇだろうが」 と、我に戻った政宗は、自分の袖を掴んでいたの手を袖から外し、そのまま掴む。 そして、お忍びデートを楽しむ為に人混みに向かった。 その表情はいつもと変わらないように見えたが、瞳はどこか優しさが感じ取れた。 城下の者達が、自分達の住んでいる土地を治める城主の顔を知らない。と言うことは有得るのだろうか。 情報伝達の手段が豊富で、海外のことまでリアルタイムで知ることの出来る現代と違って、身分の違いがはっきりしていて、尚且つ、顔を見るには本人に会うしかない、と云う戦国の世であれば、名は知っていても、顔は知らないということは大いに有得ることである。 尤も、自分達の土地を治める城主のことだ、その容姿や性格がどんな物なのかくらい、噂程度ではあるが知っているものは多い。 政宗の場合も例に漏れず、隻眼の美丈夫だということは、町民達にも伝わっていた。 と言うことは、つまりは、政宗が城下に下りれば正体がばれて、大騒ぎになる可能性があるということでもある。 「お久しゅうございます、政宗様。また小十郎様に内緒でお越しになったのですか」 「政宗様! 珍しい南蛮の道具が入ったんですが、見て行きません?」 「Sorry! 今日は予定があってな、今度行かせてもらうぜ」 政宗は頻繁に城下に降りていた。その為、城下の町民達は親しげに政宗に声を掛ける。 もう既に顔見知りなのだろう。 「政宗さん……何回小十郎さんに内緒で城下に来てんのよ……」 政宗が小十郎に黙って、城を抜け出すのが、今回が初めてではなく、かなりの常習犯だと感じ、は少し呆れた。 しかし、奥州筆頭である政宗が来ても、民は畏れることなく話しかけることは、にとって、「政宗の正体がバレる」と言う心配が無くて気が楽だった。 それどころか、普段俺様な感じのする政宗が民にあんな風に親しく話していることは意外でもあった。 「あら、政宗様」 政宗との後ろから声を掛けられた。 声の主は女性。 ……綺麗なヒト……。 女はとても美人だった。さらに詳しく言えば、日本美人といった感じであった。 だからと言っても昔の美人と言うのではなく、きっと現代に居ても美人だと認識されるだろ容姿だった。 加えて、美人だというだけでなく、同姓であるもドキドキしてしまうくらい、色気もあった。 「ふふふっ。今日は可愛らしい方を連れていますのね。それに、小十郎様の姿が見えない所をみると、また城をお抜けになったのですね」 女はころころと笑い、政宗に話しかける。 政宗と女が並んで立っている様子は、本当に絵になるものだった。 カッコイイ部類に入る政宗と、飛び切りの美人。この二人が並んで絵にならないはずがない。 それに、声を掛けられた直後は驚いていた様子だったが、其後は、気心のしれた者同士のようで、親しく話している。 「では、わたくしは仕事に戻りますわ。政宗様、お気をつけて」 数分話した後で、女は来た道を戻って行った。 「……? どうかしたか?」 女を見送るの眉間に皺が寄っているのに気付き、声を掛けた。 「んー。……別になんでもないんだけど……。さっきの人なんか変じゃなかった?」 「変だぁ? 別にいつもと変わりはなかったぜ?」 「そっか……。何か気に掛かるんだけどなぁ……」 まだ女のことを気にするに、政宗はシニカルな笑みを浮かべる。 「なんだ、jealousy か?」 「ええっ!? そんなワケないじゃん!」 「照れるな、照れるな。あれは確かにいい女だが、そういう仲じゃねぇから安心しろよ」 「あー、もうっ! 違うってば!」 ヤキモチを焼いていたと思われ、は即効で否定する。 確かに、同じ女として、嫉妬してしまうくらい美人だったが、あれだけ美人だと、諦めの方が勝つ。 というか、それ以前に、あの女性に気になるところがあるのは、決して、嫉妬の部類から変だと言ったわけじゃない。 とは必死に訴える。しかし、政宗は「嫉妬したんだろう」と笑って言うばかりで、全く取り合ってくれない。 明らかにの様子を面白がっているのだ。 暫くの間、政宗がやめるまで、二人の押し問答は続いた。 次へ 戻る 卯月 静 (07/01/15) |