【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 拾参





 あらかたのことを政宗から聞た小十郎の反応は、只、溜息を吐いただけだった。
 それは、政宗が反省しているというよりも、落ち込んでいることに気付いたせいかもしれない。

 その夜、政宗はの部屋の前で立っていた。
 一言謝らないといけないと思ったのだ。
 昼間に謝ったのは城下に連れ出して、守れなかったこと。を危険に曝したこと。
 しかし、に髪を切らせてしまったことはまだ謝っていない。
 昼は明るくしていたが、きっと悲しんでいるに違いない。
 髪は女の命なのだ。

「…………起きてるか?……」
「ん? どうしたの?」

 あっさりと襖を開けたに対して、政宗はいろんな意味で、脱力する羽目になった。

「? ……どうしたの? そんなトコでしゃがみこんで」
「お前……もう少し、警戒心持て……」

 の表情が泣き顔でなかったことは安心したが、こんな時間にあっさり襖をあけるなど、警戒心が無いにも程がある。
 これが、謝りにきた政宗ではなく、夜這いにきた不埒者だったらどうするつもりだ。

「……いや、だって、あんな泣きそうな声で言われたら、普通は開けるって」

 政宗を中に促しながら、答える。
 そんなに、自分の声は泣きそうだったのだろうか……。

「それに、政宗さんのことは信用してるし。私を襲うほど、女に困ってないでしょう?」

 思いっきり、釘をさされてしまった……。
 確かに、政宗は女には不自由はしていない。それに、のことは気に入ってはいるが、そういった気持ちではないと思っている。

「で、政宗さん、何のようだったの?」

 素直に、何時も通りの調子で聞いてくるの表情は、今日ばかりは政宗には痛かった。

  一先ずは、政宗を部屋に入れた。
 先ほどは政宗には、「警戒心を持て」と言われたが、この城の主である政宗が言うのも変な話だ。
 確かに時間的には夜這いかと言ってもいいくらいの時間だろう。
 しかし、この城で、仮に政宗が夜這いに来たとして、警戒する女性などいるのだろうか?
 きっと、いやしないだろう。城の主のお手つきになることは、大変な名誉なのではないだろうか?
 そこらへんはこの時代に詳しくないには分からないが、それを抜きにしても、多くの女性は喜ぶだろう。
 政宗はかなりかっこいい部類にはいるのだし。

「で、どうしたの?」

 は襖を閉め、振り向く。
 政宗は既に座っていて、そして、を手招きしている。
 そのまま、政宗の傍まで行き、政宗と向い合わせになるように座った。

「…………髪……悪かったな……」

 政宗は、の短くなった不ぞろいな髪に触れる。
 戦国時代の女性と比べると少し短かった髪だが、今は、それ以上に短い。
 特にの左側は大分短くなっている。

「気にしなくてもいいよ。自分で切ったんだし、怪我するよりマシだし」
「……そうか……」

 現代人のにとって、髪が短いことにとくにはそれほどショックは無い。
 確かに、伸ばそうと思って伸ばしていたから、残念だとは思うが、髪はまた伸ばせばいいし、それほど落ち込むことでもない。
 もちろん、この不ぞろいなままの髪型でずっといたくはないが。

「政宗さん……もしかして、私が髪切らなきゃいけなくなったこと、責任感じてる?」
「……お前を危険な目に合わせたからな……。それに……」

 政宗は再び、今度はまだ長い方の髪に触れる。

「結局……俺は……お前を守れなかった……。安全は保障するからと、ここに連れて来たのにな……。短刀だって、あんなことをさせる為に渡したんじゃねぇのに……」

 は、あまりに政宗がつらそうに言うので驚いた。
 短い付き合いだが、それでも、政宗の今の状態が滅多にないということ位は分かる。
 そして同時に、そんな顔をさせているのが、自分が原因だと思うと悲しかった。

「政宗さん、そんな顔しないでよ。髪を切ってしまったことは、私はなんとも思ってないから。……そ、そう! 私が居たトコでは短い髪の女の人は普通にいるもの! ね? それに、短刀をくれたお陰で私には怪我が無かったんだし、むしろ感謝したいくらい」

 何とかして、政宗が責任を感じる必要はないのだと伝えたかった。

……」
「あ、そうだ! あのね、この髪のままじゃ見っとも無いから、明日切りそろえてくれない? 自分でやるには後ろとかできないし。……駄目……?」
「…………OK. 俺がやってやる」
「ありがと」

 が一生懸命、政宗が気にしないようにと話していることが、伝わったのか、それとも、そんなの様子をみて、政宗の心が癒えたのか。
 政宗は少し笑って、請け負ってくれた。

「……へ?」

 安心したのも束の間。は政宗に引っ張られ、胸元にダイブする形となった。
 そして、政宗はを抱きしめたまま、横に寝転がった。

「な、何?! ちょっ! 政宗さんっ!」
「大人しくしてろ。……少しの間……このままで……いさ……せ……ろ……」

 先ほどまでずっと気を張っていたのか、横になった途端、政宗の声は段々消えていき。最後には寝てしまった。
 はというと、政宗に抱きかかえられたままの体勢だ。
 顔を上げれば、すぐ近くに政宗の顔がある。
 恥ずかしくて、再び、顔を下げるが、恥ずかしさが減る気配もない。
 しかも、寝てるくせに、抜け出そうとしてもガッチリ抱きしめられて、抜け出すこともできない。

 少しの間は抜け出そうと、試みていただったが、政宗に抱きしめられていると何故か安心でき、にも睡魔がやってきた。


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卯月 静 (07/01/18)