【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 拾七





 がいなくなったことは、城の多くの者達に衝撃を与えた。
 中には、は間者であったのではと言い出す者もいる。
 そして、一揆衆の抑圧剤になっていたがいなくなったことで再び一揆が起こるのではといった危惧もされた。
 中には、「月に帰ったのだ」と言う者もいるが、どれも推測の域を出ない為に、ただ、ただ、噂をするのみだ。

 唯一、が城からいなくなった理由を知っていそうな政宗は、

「I don't know」(知らねえ)

 の一点張りで、何も言わない。
 色んな噂を肯定しないが、否定もしない。
 自らが連れて来た娘が、自分の元から離れたというのに、全くいつもと変わらないのだ。

 竜の右目である小十郎ならば、何か知っているかもしれないと、彼にも多くの者が問うが、彼も何も答えない。
 知っているとも知らないとも。

「城の者達は、皆不思議がっていますよ。何故政宗様は全く様子がお変わりにならないのか、と」
「変わらない……ねえ……。小十郎、お前も、俺はいつもと同じ様子に見えるか?」
「いつもと同じ様子だと思って欲しいのならば、是と。そうでないのでしたら否とお答えしますが」

 小十郎の答えに政宗は大きく息をつく。
 この一の家臣は本当に何でもお見通しらしい。

「このままでよろしいのですか?」

 「何が」とは聞かない。

「良くはない。が、アイツにとっちゃ、このままの方がいいのかもしれねえな……」

 が居なくなったと聞いて、政宗は裏切られたような気持ちになった。
 この右目のせいで、実の母親から疎まれることになった。
 しかし、何故だか、はそのままの自分を受け入れてくれるのではないか、と何処かで思っていたのだ。
 だが、彼女はいなくなった。それも自分の意思で。
 誰かに攫われたというのであれば、まだよかった。
 それならば、再び取り戻せばいい。
 しかし……彼女自身の意思で出て行ったのであれば、自分に止める権利などあるのだろうか……。
 血に汚れていないの手。
 その手が、自分の傍にいることで汚れてしまうような気がした。
 それならば、自分から離れている方が、にとってはいいのではないか。
 戦も、争いも知らないままの方が  




 が政宗の元を離れてもう数週間が経った。
 何も考えず、ただ城を出てきただけのは、途方にくれた。
 最初はいつき達の村に戻ろうかとも思ったが、自分がこの時代にいるために何かしらの影響を与えるのであれば、いつき達の元には戻れない。
 どのみち、どうやってあの村から政宗の城まで来たのか覚えていないにとって、いつき達の村に戻ることは出来なかっただろう。
 まずはお金を稼がないことにはといろんな店で住み込みで働かせてもらえないかと当たってみた。
 しかし、どこの者とも分からないに仕事と寝場所を与えてくれるところは中々なかった。
 こうなれば、やはり、身を売るしか……、と半ば考え始めていた。
 しかし、が仕事を探していると聞いた、旅籠の店主がうちで働けと声をかけてくれた。
 その店主はよくこういったことをしているらしい。
 旅の途中で路銀が無くなった旅人を何日か住み込みで置いてやったり、首になった若者を拾ってきたり。
 ようは、はそのような人達と同じで拾われたのだ。

ちゃん、これを百合の間に持っていって」
「はい!!」

 旅籠は大忙しで、は今までのことを考え込む暇も無かった。

 だが、大分仕事になれて来たころ、は度々政宗のことを考えるようになった。
 薄々は自分の中で気付いていたが、離れて改めて自覚した。
 自分は政宗に惹かれつつあったのだ。
 その証拠に政宗に貰った短刀を今も、手放せずにいる。
 かなりの業物だから、金にすればかなりの額になるだろう。そもそも、城を出る時に置いていってもよかったのだ。
 しかし、はそのどちらもしなかった。
 これを手放してしまったら、本当に政宗との接点が無くなってしまう気がした。

ちゃん! 聞いた?」
「何が?」

 旅籠の同い年くらいの仲居が嬉しそうに話かけてきた。

「ここって、料亭もしてるでしょ? で、明日はすっごい偉い人がうちに来るんだって!!」
「へえー」
「人手が足りなくなるから、旅籠担当も何人か手伝いに行くことになるらしいよ」
「そーなんだ」

 を拾ってくれた店主は旅籠の他に料亭もしていた。
 かなりの身分の人もその料亭を利用するために、料亭の方には拾ってきた人間は使えず、のような者は旅籠の方で仕事をしていた。
 それだから、料亭の方に何人か行くといわれても、は自分には関係ないと思っていた。

ちゃん、何でそんなに冷静かな。ひょっとしたら、玉の輿とかあるかもしれないのに」
「多分私は、こっちでの仕事になると思うし、玉の輿には興味ないし」
「勿体ないなぁ。……その刀くれた人のこと、まだ忘れてないの?」
「だから、これくれた人はただお世話になっただけの人だって」
「それにしては、いつも大事そうに持ってるよ?」
「そう見えるだけだって、ほら、行こう。女将さんに怒られちゃう」

 はそれ以上追求されないように、仕事に戻っていった。

 自分には関係ないと思っていたが、その夜に明日はも料亭の手伝いをすることになった。
 しかし、店の者総出でなんて、一体どんな大物が来ているのだろう。
 は座敷の外で他の仲居達と一緒に、待機していた。
 中では店主と女将が挨拶をしている。
 今までも料亭には、それなりの身分の者がきてはいた。しかし、こんなに店のしかも旅籠の従業員まで引っ張ってくるとは、今まで以上の身分の者なのだろう。

「この度は我が料亭を利用して頂いて、誠に有難う御座います」

 襖一枚な為、中の会話が聞こえてくる。

「どうぞ、ごゆるりとお寛ぎ下さい」

 パンッ、パンッ。と女将が手を打ち鳴らす。
 入って来いという合図だ。
 を含めた仲居達は挨拶の為に中に入り、頭を垂れる。

「この者達が今回、お世話をさせていただくもの達です。どうぞ、良しなに」

 中に入ったら直ぐに頭を下げろと女将に言われた。
 そう言われるということは、武家の関係の者だろうと思うと同時に、その者がのことを知らなければいいのにと願った。
 奥州で武家ということは、政宗と繋がりがあるということだ。
 万一、が気付かれて、政宗に伝えられたのでは、黙って出て行った意味がない。

「Lift your face.顔を上げろ」

 その言葉には固まった。
 それもそのはず。その声が聞き覚えのある声だったのだ。
 ずっと聞きたくて、でも、聞きたく無かった声。
 会いたくて、でも、会いたくなかった人。

 顔を上げれば、バレる。しかし、上げない訳にはいかない……。
 一つ大きく深呼吸をして、はゆっくりと顔を上げた。
 問われたら、知らぬ、存ぜぬで通そうと……。

 顔を上げると、案の定政宗と目が合った。
 しかし、政宗は直ぐに視線を放した。

「では、伊達様、直ぐに料理と酒をお持ち致しますので」

 女将のその一言で、皆一回下がる。もちろんもだ。
 相手が政宗だからと、感傷に浸っている場合でもない。今はきちんと仕事をしなければいけない。
 政宗のいる部屋に行くのは少々気が重かったが、できるだけ政宗の傍に行かないようにした。
 政宗は公に来ているらしく、傍には小十郎もいたし、その他にも数人程家臣を連れていた。
 家臣達も何回か城で顔を合わしたことのある人達だったが、小十郎を始め、その誰もがに対して何も言わなかった。
 ひょっとしたら、勝手に出て行った小娘のことなど、取るに足らないと思っているのかもしれない。
 そう考えると少し悲しかったが、政宗に危険が及ばないのなら、その方がいい。

 ここに居るのが政宗に分かってしまった以上、もうここではお世話になれない。
 明日にでも、話をしてここを出て行かせて貰おうと決めた。
 お金はある程度あるし、旅をしながらいろんな国を見るのもいいのかもしれない。


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卯月 静 (07/02/06)