【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 拾九





「…………できませんッ……」

 の返答はそれだった。
 だが、無理だと只言われて、はいそーですか、と引き下がる政宗でもない。

「どうしても、か?」
「……どうしても、です……」

 政宗は、長く、そして、ゆっくりと息を吐いた。
 は、「何か」を隠している。そして、その「何か」が原因で政宗の元に居れないと言っているのだろう。
 それは、政宗には良くわかったのだが、重要な「何か」に全く検討が着かない。

……俺の元にいるのは嫌なのか?」

 問われて、は着物をギュッと握った。
 嫌か、それともそうでないか、と聞かれれば、嫌であるはずなどない。
 自分は政宗に惹かれているのだから、傍にいたいに決まっている。
 だが、自分は傍に居てはいけないのだ。自分が政宗に好意を寄せているのなら、尚のこと。

「……そう……です……。伊達、様の……傍にいるのは……イヤに、なったんです……」

 これで、政宗が怒って自分から離れていけばいいと、は願った。

「そうか………………。なら、何で、そんなに辛そうに言う」

 政宗から見ていて、は酷く辛そうだった。
 政宗の傍が嫌だと言う。しかし、彼女の表情は酷く悲しそうで、それを言うことで、自身が傷付いているようだった。

「……だったら……。だったら、どう言えば政宗さんは、私から離れてくれるのっ!!」

 叫んだの目には涙が溢れていた。

「私が、いたら、政宗さんが死んでしまう、かもしれ、ないのに……。それなのに、傍になんてっ!」

 はそう叫ぶと、ボロボロ涙を落としながら、泣き出してしまった。
 が泣き出してしまったことは、少なからず、政宗を動揺させたが、それで冷静さが失われることはない。
 政宗は何も言わず、そっと、の正面に座り、の体を引き寄せる。
 そして、が落ち着くまで、ずっと抱きしめ、頭を撫でていた。

 がこんな状態になってしまった以上、しばらくは、何を聞いても答えられないだろう。
 今はが落ち着くまで待つだけだ。
 しかし、がいては、政宗が死んでしまうかもしれない、とはどういうことだろうか。
 口ぶりからして、自身が政宗の暗殺をしなければいけない、といった事ではないようだ。
 の言い方だと、がいることで、政宗が死ぬかもしれない状況に陥るといっているのだろう。
 だが、どう考えても、どうして、そういった結論に行き着いたのか、分からない。

 けれど、が城から居なくなった理由が、政宗の傍にいることが嫌になったのではないらしいことは、政宗にとって、一番嬉しいことでもあった。
 自分のことが嫌で出て行ったのないのなら、無理やりにでも連れて帰ればいい。
 と、半ば強引なことを考えていた。



「落ち着いたか?」

 と、政宗が問えば、はコクッっと頷く。
 散々泣いたために、目は真っ赤だ。

「rabbit みてぇだな」

 政宗がぼそっと呟けば、は軽く睨んできた。

「そう睨むなよ。cute な顔が台無しだぜ」
「なっ! うるさいっ……」

 からかうように言えば、は顔を真っ赤にさせて、そっぽを向く。
 先程の重苦しい雰囲気はどこに行ったのやら。
 今のこの場の雰囲気は、城での日常その物だった。

 このまま、この雰囲気のまま、元に戻れたら……。そう思ってはしまうが、はっきりさせなければ、どうしようもない。

……」

 政宗の、さっきまでとは違う声音に、の肩がビクッっと動く。
 それは僅かだったが、体が密着していないとはいえ、先ほどの体勢のまま、腰に両腕を回した政宗にとっては、の僅かな反応も感じ取れた。
 はゆっくりと数回深呼吸をし、そして、真っ直ぐ政宗を見た。

 久しぶりにお互いの顔をきちんと見たかもしれない。
 再会してから、大分たったが、お互い相手の顔を真っ直ぐには見れていなかった。
 特には、政宗と目線を合わそうと、決してしなかったのだから。

「……分かった……。全部話す……」

 もう、隠し通すことは出来ないだろう。
 よく、ここまで逃げることができたものだ。

 信じてもらえるかどうかは分からない。むしろ、信じてもらえない確率の方が高い。
 それで、政宗が自分から離れることになったら、悲しいがそれでもいいだろう。

「私が何処から来たって言ったか覚えてるよね?」
「ああ、月からって言ってたよな」
「それ……政宗さん、本当に信じてる?」
「……Yes か No で言えば No だな」

 月から来たなど、信じろという方が無理な話だ。
 だが、の雰囲気などから、ここら辺の人間ではないことは一目瞭然だった為に、そのまま、月から来たことにしていた。

「それがどうした?」
「本当のこと言っても、信じてもらえないかもしれないから、月から来たなんて言ったんだけど……」
「本当は、月から来たんじゃねえってのか?」
「……うん……」
「じゃあ、何処から来たって言うんだ」

 月からというのが嘘であれば、ひょっとして、は何処かの間者だったのだろうか?

「あー……うー……」
「spit it out.」(はっきり言えよ)

 なかなか言わないに、政宗は溜息を吐きながら急かす。
 としては、未来からきたことを言ってしまった時点で、歴史が変わることを畏れているのだが、そんなことが、政宗に分かるはずもない。
 言おうと決意した物の、言ってしまって歴史を変えてしまってよい物か悩んでいるのだ。

「全部、話してくれるんだろ?」
「うっ…………えっと………………四百年以上先の時代から来た……って言ったら……信じる?」

 は、恐る恐る尋ねる。
 月から来ましたって答え以上に信じられない言葉なはずだ。
 ここで、信じないと言えば……もう、自分から話すことは何もない。

「今度こそ、本当か?」
「うん。今更、嘘なんか吐かない」

 ジッとの目を見て、尋ね返す政宗に、はしっかりと答える。
 自分は政宗に信じて欲しいのだ。心のどこかでそう思っている。
 信じてくれなくても、それでもいい、と思うけど、本当に信じてくれなければ、自分は酷く傷つくはずだ。

「それで、俺が死ぬかもしれないってのと、どう関係があるんだ?」
「信じて、くれるの?」
「半信半疑ってのも事実だが、この状況でお前が嘘を吐くとは思えねえからな。ほら、続けろ」

 政宗が少しでも信じてくれたことは、の気持ちを楽にした。
 知らずに、表情も明るくなる。
 もちろんこれから明るい話をするわけではないし、話すことで、政宗が離れてしまうかもしれないが、今は政宗信じてくれたことだけでも、嬉しかった。


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卯月 静 (07/02/11)