【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 弐拾





「この時代に起きたことは、私の時代まで伝わって来てて、有名な武将の名前も日本の歴史上の人物として、教わるの。だから、歴史に残るような大事を行った人は私も知ってるし、その人が何をしたのかも知ってる」
「じゃあ、俺のこともか?」
「うん。政宗さんのことも知ってた。学校っていって、同じ歳の頃の子供が集まって、学問を教えてもらう所があるんだけど、そこで、習うから」

 政宗にはいろいろ聞きたいことがあるだろうが、特に尋ねてはこなかった。
 まだ、話が途中だからかもしれない。

「だから、桶狭間のことも知ってたの」

 桶狭間という単語に、政宗はこの間のことを思い出した。
 桶狭間の勝敗を聞いてからは可笑しかったのだ。

「今川と織田との戦。戦国時代にこの戦があったことは、私の時代にも伝わってた。……でも、私の知ってる桶狭間と違っていた」
「何がだ?」
「私が、知ってる桶狭間の勝者は、織田信長なのよ」

 勝者が織田信長?
 一体それはどういうことだ。確かにあの戦では今川が勝ったと知らせがあった。
 伝令が間違っているということはないし、嘘の情報を掴まされたということもないだろう。

の時代に伝わるまでに間違って伝わったって事じゃねえのか?」
「私も最初は自分の知識や、間違った歴史を教わったのかもしれないと思った。でも、年数や兵の数。それならば間違って伝わるかもしれないけど、戦の勝敗まで間違って伝わることはないでしょう? どちらかが勝つか負けるかで、大きく違ってくるのだし」

 この時代の多くの者が天下を狙っているこの時代に、勝者が間違って伝わることなどない。
 戦で負けるということは、将の首を獲られるということ。つまりは死を意味しているのだ。
 信長が実は負けていたのであれば、その後の合戦や安土城の建築は何なのだろうか。

「それで……私が出した結論は一つ。……歴史が変わってしまっている、ということ」

 先ほどまで真っ直ぐ政宗を見て、話していただが、視線を外し、俯いてしまった。

「それも……私が……ここにいるから……」

 政宗はのこの言葉で全てが分かった。
 はこの間まで、一揆衆に手を貸していた。の時代に、あの一揆は伝わっていないのだろう。
 しかし、が手を貸したことで、異例の事態が起きた。
 は村人を助けたかっただけだが、首謀者は処罰されず、只一人、が城に来ることになった。
 そして、桶狭間の結果を聞いた。
 自分が手を貸してしまったことで。いるはずの無い、先の世から来たというがいるせいで、歴史を変えてしまったと思ったのだろう。

「私の、せいで……死ぬはずの無い人がっ……」

 が、戦とは無縁な所から来たのだろうということは薄々感じていた。
 幸せな家庭で育ち、環境に恵まれた生活をしていたということも感じた。
 そんな彼女に、見ず知らずとはいえ、人の命を背負わなければいけないというのは荷が重過ぎるのだろう。
 一揆の時や、城下で暴漢に襲われた時は、強いと思っていたが、は普通の女なのだ。
 まして、知らない土地に放りだされ、今まで気丈に振舞っていたことが不思議だったのだ。

 どうして、自分は気付いてやれなかったのか。
 自分が知らないところで泣いていたかもしれないのに……。

「あのまま、お城にいたら、政宗さん達の、歴史まで変えてしまうかもしれないから……」

 最悪の場合は、政宗が命を落としてしまうかもしれないから。
 だから、は城を出た。
 聡いのことだ、城にいることで、自分が原因で戦が起こるかもしれないということも考えたのだろう。
 『不思議な力をもった姫君』であれば、他の国が欲しがるかもしれない。
 手に入れれば、天下に近くなるかもしれないのだから。

「I see. 事情は分かった。だが、よく聞け、

 はゆっくりと顔を上げる……。

「何があっても、俺は死なねえ」
「そ、そんなこと言ってもっ!」
「いいか、この天下を獲るのは俺だ」

 真っ直ぐ、自信ありに答える政宗。
 しかし、は天下を誰が獲るのか知っていた。
 伊達政宗は天下を獲れない。生まれてくるのが遅く、北国にいたせいで、他の武将に出遅れた。

、お前の時代で、この天下を獲るのは誰だった?」
「え……。それは……」

 言えない……。伊達政宗ではないなんて。

「俺じゃねえんだな」
「っ!?」

 言いよどむに、冷静な声で言う政宗。
 が素直に言えないということは、天下を獲ったのが、伊達政宗でないということ。
 政宗が天下を治めていたのであれば、きっと、はこの場で言っただろう。

「分かりやすいヤツだな。I'm right, aren't I?」(図星だろ?)

 天下を獲るのが政宗ではないと聞いても政宗自身は笑っている。
 普通は落ち込んだり、怒ったりするのではないのだろうか。

「なんで……。なんで、そんなに嬉しそうなの……?」
「Ha! お前自身が言ったんだろ、『歴史が変わっている』って。お前の知ってる歴史と違ってんなら、天下を獲るヤツも違うってことだ」

 ああ、そうだ。歴史がの知っているものと違うのであれば、これから先はの歴史の知識は役に立たない。

 天下目前だった織田信長が、明智に討たれることがないのであれば、この先の歴史はにも分からない。
 天下を獲れなかった伊達政宗が天下を獲る可能性だってあるのだ。

「そっか……そう、だよね……」
「戻ってくるだろ」
「…………それは…………」

 まだ、は戻ると答えない。
 そんなに溜息をつく。
 だが、これで引くつもりは更々ない。

「アンタがこの乱世に来たときに、既に桶狭間の戦は始まっていた」

 いつきに、がいつ、村に来たのかと尋ねたことがあった。が来たのは丁度、いつき達が一揆の計画を立て始めた頃だという。そんな時に来たものだから、村人の中には、のことを、神の遣いとまでいう者もいたらしい。

 そうでなければ、いくらいつきが許したとしても、あのように、容易に村人の信頼を得れるものではない。
 それに、の流した『不思議な力を持った姫』と言うのも、信じていた村人がいたからこそ、広がった物だろう。

 そして、そのいつきの話から、桶狭間の戦は既に始まっていたことは間違いない。

「でも、勝敗が……」
「確かに、戦が終ったのは、が来て、一揆が終った後だ。だが、……アンタがここに来なかったからといって、戦で散ったヤツ等の命が救われたとは限らねえ」

 は涙こそ流しては居なかったが、政宗から目を逸らしたくてしょうがなかった。
 しかし、何故だか視線を外すことはできず、ずっと政宗を見つめることになる。
 政宗は、自分が非情なことを言っていることは自覚していた。
 しかし、今はを説得しなければいけないのだ。

「アンタが来なかったら、別のヤツ等が命を落としていただけのことだ」
「そんな……」
「アンタが来て歴史が変わったなら、死ぬはずの無いやつが死んだのなら、その逆もあるってことだ。死ぬはずだったものが生きた。もしアンタが来なかったら、そいつが死んでいた。いいか、ここからよく聞いとけよ。アンタが来たから死んだヤツが居るんじゃなくて、アンタが来たから生き残ることのできたヤツがいるんだ。、お前は害だけを与えてるわけじゃない」

 政宗の言っていることは尤もだ。
 の知っている歴史では死ぬ兵も、歴史が変わったことで、生きることができた者がいるかもしれないのだ。
 敗北するはずだった今川軍が勝利したのだから、その今川の軍勢はの知ってる歴史より生き残っただろう。とすると、歴史が変わったことで、助かった者がいるのだ。
 もちろん、その逆があることも忘れてはいけないが。

「それに、来るつもりで、ここに来たわけじゃねえお前には、責任はねえだろ」
「でも……」
が来たことで、歴史が変わるなら俺は歓迎するぜ。いっただろ、歴史が変わるのなら、俺は天下を諦める必要はないんだからな」

 自信満々で言い切る政宗。もっとも、もし歴史がそのままで、に未来では伊達政宗は天下が獲れないと言われても、諦める気などない。
 政宗は自分が我侭なことなど百も承知だ。
 欲しい物は手に入れる。だから……。
 だから、もなんとしてでも、連れ帰るのだ。

「俺の傍に戻って来い。俺が天下を獲った時に、隣にお前がいないと意味がねえ」

 今までの政宗の言葉が、の気持ちを少し軽くした。
 そして、自分が政宗の傍に居てもいいのなら、居たいと、そう思っていたのだから、政宗に再び言われたら答えなど一つしかない。

 本当は、

「ありがとう」

 とか

「ごめんなさい」

 とか、いろいろ政宗に言いたいこともあったのだが、涙が止まらなくなって、頷くしかできなかった。
 再び涙を流したに、政宗は少しばかり慌て、苦笑しつつ、髪を撫でた。
 を撫でる政宗の手が暖かくて、優しくて、なかなか涙が止まらなかった。


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卯月 静 (07/02/16)