【戦国御伽草紙:雪国のかぐや姫 弐拾弐】閑話 想惑
城に戻れたのは、小十郎さんのお陰だし。と、は小十郎の部屋に行った。
礼を言おうと思ったのだ。 「小十郎さん、入ってもいいですか?」 「ん? ……ああ、いいぞ」 小十郎は何か書物を読んでいたらしく、机に向かっていたが、が部屋に入っていくと、振り返った。 「えーっと。……この度は色々迷惑かけてすみませんでした」 「気にするな。これも政宗様の為だ。あのままじゃ政務が滞って仕方がなかったからな」 この、見た目は恐い政宗の腹心は、政宗のことを話すときは本当に穏やかな顔をする。 本当に彼のことを大切に思っているのだと、誰が見ても分かるだろう。 「……政宗さんのこと大切に思ってるんですね」 そんなことを考えていたせいか、無意識にの口からついて出た。 の言葉に、一瞬驚いた表情をした小十郎だったが、その後は笑い出した。 しかも、声を出さずに、必死に声を抑えているので、方が震えている。 「そんなに笑わなくっても……」 声こそ出していないものの、思いっきり笑う小十郎に、は憮然とした顔をする。 「ああ、悪い」 と小十郎は言うが、そうみてもその表情は悪いとは思っているように見えない。 その上、悪いと言ったくせに、まだ笑っている。 この男が此処まで笑うのは珍しい。きっと、部下達がみたら、驚くに違いない。 しかし、は小十郎でもこんなに笑うのだと関心しただけだった。 というか、自分が笑われたことで、小十郎が此処まで笑うのが珍しいなどということまで気が回っていなかった。 「あ、ちょっと、聞きたいんですけど」 話題を逸らそうということもあり、話そうと思っていた話題を出した。 「政宗さんに天下獲るまで傍に居ろっていわれましたけど、政宗さんが天下獲った後って、住居とかの保障ってしてくれるんでしょうか?」 あまりにも突拍子もない、予測もしていないの質問に、小十郎は笑うのをやめ、一瞬固まった。 「と、いうことがあったのですが」 と、小十郎は先ほどあったことを政宗に話す。 政宗は今政務中で、今まで遅れてきた分を終らせるために、せっせと仕事をしていた。 「政宗さま……ひょっとして、まだには……」 言いよどむ、小十郎に対し、聞かされた政宗は呆気にとられていた。 確かに「傍にいろ」とは言ったが、「好き」だとは言っていない。 「あれだけ俺が主張してたら普通は気付くとは思わねえか?」 「好き」とは言っていないが、それに近いことは何度も言った。 というか、普通に考えて、「傍に居てくれ」と言うのは結婚の申し込みに近いような気もするのだが。 に全く通じていないとは思わなかった。 彼女は察しがいいから、きっと自分の気持ちも伝わっただろうと、高を括っていたのに。 「なあ、小十郎……」 「何で御座いますか?」 「はっきり、言うべきか?」 「政宗様の思った通りに行動なさいませ。こればかりは、この小十郎といえど、これ以上は進言致しかねます」 人の色恋については周りがあまり口だししない方がいい。 これは、年長者からみた意見なのか、それとも、小十郎の実体験に基づく物なのかは知らないが、小十郎の言うことは一理ある。 だが、そういったあとに、小十郎は「しかし」と付け加えた。 「しかし、政宗様が今の状態を良しとしないのであれば言った方がよろしいと思います」 とはっきりいう。 その小十郎の反応に、政宗は息を大きく一つ吐いた。 そして、立ち上がる。 「戻ったらやるから、少し抜ける」 「ご武運を」 部屋を出て行く政宗に声をかける。 この場合「ご武運を」というのは少しおかしくも感じる。なんせ、戦に行くわけではないし。試合をしに行くのでもない。 だが、この状況的にそういわずにはおれなかったのだ。 あながち間違ってもいないのも事実である。 その話題の中心であるは、庭で池を眺めていた。 池の中には、鯉が数匹泳いでいた。 魚って現代も昔もあんまり変わんないんだと、感心しながら、先ほどからずっとながめているのだ。 「」 背後からかけられた声に、後ろを振り向く。 そこには政宗がいた。庭におりて、の方を見ていた。 何故、政宗が自分の所に来たのかは分かっている。 さっきまで小十郎の所にいて話していたのはだ。 そして、その小十郎は、政宗に政務をさせるために、政宗の部屋に行ったことも知っている。 だからこそ、政宗が何しにここに来たのか分かっていた。 「あ、政宗さん。どうかした?」 だが、政宗に対し、そのような様子は微塵も感じさせずに、尋ねる。 「Come on. 」(こっちに来い) と、政宗に手招きされた。 素直に、政宗のそばまでいく。というか、断る理由もない。 と、政宗の傍までいくと、政宗に腕を捕まれ、引っ張られ、抱きしめられた。 あまりに自然で、急なことだったために、はなすがままになっていた。 「政宗さん?」 「いいか、よく聞けよ」 耳元で囁かれる形となって、心なしか、の心臓は跳ね上がった。 政宗はその様なを気にせず、すぅっと息を吸う。 そして、意を決して言った。 「が好きだ。だから、ずっと、俺の傍に居てくれないか」 ズルイ。 それが、の最初に感じたことだった。 もちろん。耳元で、こんなことを言われたら心臓の打つ早さは早くなり、頬も赤く染まる。 そして、がズルイと思った原因は、政宗はきっと、分かってやっているのだ。 の心臓がすごい速さで打っていることも、きっとの答えも。 予想はしていたし、同じことをあの時の旅館でも言われたが、この状況で言われると、本当になんと返していいのか混乱してしまいそうになる。 「……やっと、言ってくれた……」 の囁いた声を、政宗は逃さなかった。 「ひょっとして、小十郎に言ったのはわざとか?」 「……うん。……だって、政宗さんが私を大事にしてくれてるのは、よく分かったけど、どういう気持ちで言ってくれたのかわかんなかったし……。私だけ、政宗さんのこと特別に思ってるとかだったらヤだったし……」 つまり、政宗の気持ちが聞きたいが為に、小十郎にボソっっと溢したのだ。 政宗を第一に考え、何かと面倒見のよい小十郎のことだ、きっと政宗に言うだろう。とは思った。 案の定、それは当たっていて、今に至る。政宗が来るかもしれないとは思っていたが、実際のことになると、恥ずかしい。 「不安にさせたか……。悪かったな、はっきり言ってなくて」 「ううん。今聴けたからいい」 「それじゃあ、さっきの返事との気持ちを聞かせて貰おうか」 そう言う政宗の顔は酷く嬉しそうだ。 「Will you be around?」(傍にいてくれるか?) 尋ねる政宗に対し、は頬を赤く染めたまま、背伸びをして、内緒話をするように、政宗の耳元に顔を近づけ、手で覆った。 答えは一つ。 「Yes, My Daring. 大好きよ」 次へ 戻る 卯月 静 (07/02/22) |