【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 弐拾四





 少し部屋を空け、場内の庭園を観回った後、部屋に戻ると、その中心に見慣れない、淡い水色の着物がかけてあった。

 裾の方には月をモチーフとしたような柄が入っている。
 自身はその着物に心当たりはないから、どうしてここにあるのだろう? と首をかしげた。

「How do you like this dress?」(その着物はどうだ?)

 後ろから声をかけられ一瞬ビクッっとする。
 声と話し方で直ぐ政宗だと分かったが、足音も気配も消して、行き成り声を掛けられると驚くのは当たりまえだ。

「政宗か……あー、ビックリした……。急に声かけるのはやめてって言ってるでしょ」
「そうだったか?」

 そう答える政宗の顔は笑っており、分かっててやったのは明らかだ。

「これ、政宗が持ってきたの?」
「ああ」
「政宗が着るの?」
「んなわけ、あるか。お前に買ってきたんだよ」

 さらっと政宗は言ったが、この着物は結構高いのではないだろうか。
 のお守りの短刀もかなりいいもので、それをくれたのも政宗だ。

「こんなに高そうな物、もらえないっ!」
「もう、遅いぜ。それはお前に合わせて作ってあるんだ、他のヤツには着れねえ。がいらないってんなら、捨てるしかねえな」

 自分以外に着れないなら捨てるしかない、と言われて捨ててくださいなんて言えるはずもなく。
 政宗のことだから、が受け取ることを拒否することは分かっていたのだろう。その先手を打って、そう言ったに違いない。
 そして、政宗のことだ、仮にこの着物が以外でも着れるものだとしても、言ったからにはきっと捨てる。
 つまりは、はこの着物を受け取らざるを得ない。

「いつも色気の欠片もねえ袴ばかり穿いてんだ、たまには色気のあるもん着ろ」
「色気の欠片もないって、政宗、私に喧嘩売ってるの? ってか、私のサイズに合わせたっていつの間に私の体のサイズ測ったわけっ?!」

 最近どころか、採寸なんてもの自体した覚えはない。
 基本着物や袴だから、大体のサイズが合えば着れるだろうと、城にあったものを貸してもらっているのだ。

「測り直して欲しいなら、今から測ってやろうか」
「測らなくていいから!!」

 腰に手を回され、引き寄せられたは、必死で拒否する。
 ここで、イエスなど言おうものなら、何をされるものだか。

「そりゃ、残念だ。早速、それを着てみろ」
「今?」
「Yes, just now」(そうだ、今すぐだ。)
「今じゃなくても良くない?」
「じゃあ、いつ着るつもりだ?」
「……そのうち?」

 別に嫌なわけではないが、特別な何かがあるでもないのに、好きな人から贈られた着物を着るのはなんだか、恥ずかしい。
 そう思って、少し首をかしげながら、出来るだけ可愛い感じになるような仕草で答えてみた。

「……今着るのと、後で俺に着せられるのどっちがいい?」
「今着マス……」

 究極の選択ではないが、2択で言われれば、前者を選ぶ。
 前者なら、女中か誰かが手伝ってくれるのだろう。
 後者を選べば、着物を着る前に身の危険を感じなければいけない……。

「さあ、様こちらに」

 が答えた後、数人の女中が入ってきた。
 最初からに着せる気でいたようだ。

「俺は隣の部屋でいるから、できたら呼べ」

 政宗はそういって、部屋を出て行く。

 は女中に促されて、着物の近くまで行く。
 女中達は皆、ワクワクしていて、どこか楽しそうだ。
 どうやら、女の子を着飾れることが嬉しいらしい。
 それもそうだろう。ここ、伊達軍は男所帯だし、政宗には正室どころか側室もいない。
 まだ、妹姫でもいれば話は別だろうが、あいにく、政宗に妹はいない。
 そんな中にがきて、尚且つ、政宗から着付けを頼まれたのだ。
 ここは腕の振るい所だろう。

「髪はどのようになさいます?」
「お化粧はどうなさいましょうか?」

 などと、女中達は嬉々として話している。
 服装こそ着物だが、それさえ除けば、現代の女性達と何も変わらない。
 洋服を着てさえいれば、現代でもきっと見られる光景だ。

「政宗様がこんなに大事になさるなんて、本当に様は愛されていますのね」
「あ、愛っ?!」
「ええ、様が来られてから、政宗様の雰囲気もずいぶんと柔らかくなりましたもの」
「端から見ていても、とても大事にされてるのが分かりますわ」

 笑顔で語る女中に、は真っ赤になってしまった。
 まさか、「愛されている」などという言葉を聞くことになるとは思っていなかったのだ。

「どこから来たかも怪しい私が、政宗の隣にいても平気なんですか?」
「何を仰いますの! お二人は私達の理想ですもの! ねえ?」

 女中の一人がそういうと、他の者のそうだとばかりに首を縦に振る。
 自分の預かり知らぬ所でこのように認識されてると思っても見なかった。
 普段言われなれてないことばかり言われると恥ずかしい。

「さあ、出来ましたわ」
「お綺麗ですわ、様」
「これで、政宗様もイチコロですわよ」

 なされるがままだった為にいつの間にか出来ていたらしい。
 女中達は皆、やりきったといった感じだ。

「動きにく……」
「政宗様を及び致しますわね」

 一人が、隣の部屋に政宗を呼びに行った。
 そして、直ぐに政宗に伴って戻ってきた。

「へ、変……かな?」
「……あ、いや、似合ってるぜ。You're beautiful」(綺麗だ。)
「……ありがと……」

 入ってきた政宗は少しの間、動かなかった。正確には目を奪われて動けなかったのだが、はそれには気付かず、遠慮がちに聞いたのだ。
 我に返った政宗は笑顔で誉めてくれたが、にしてみれば、嬉しいけど、恥ずかしくて、一言言うのが精一杯だった。

「よし、他のヤツ等にも見せびらかしに行くぞ。Here we go!」(行くぜ)
「ええっ!!」

 驚くに構わず、政宗は足取り軽く、の腕を引いて歩き出す。
 その日は政宗に城中を引っ張りまわされることになった。


次へ 戻る

卯月 静 (07/02/28)