【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 弐拾七





 物音がして、の部屋に誰かが入ってきたからといっても、それがに嫌がらせをしている犯人とは限らない。
 世話をしてくれている女中の一人かもしれない。
 それに、仮に隣の部屋にいるのが、犯人であったとしても、現行犯でなければ言い逃れをされてしまうだろう。
 部屋から出ただけでは、「間違って」とか、「の部屋の掃除を」とかと言われ、結局うやむやになってしまう。そして、同時にそうなれば嫌がらせも止むことはない。

 隣の部屋からの物音は、先ほどのコトンッという音だけでなく、ガサガサという音も聞こえてきた。

「今隣にいるのが犯人だと思うか?」
「どうだろ? 今の時点ではなんとも」

 こそこそと、小声で話す。
 隣との境は薄いのだ、大きな声で話せば隣の人物に気付かれてしまう。

「ビリッとかって音がすれば分かり易いのにね」

ビリッ!!!! ビリビリビリーッ!!

 成実が言った直後に隣から、布を裂く音が聞こえた。
 間違いない。犯人だ。
 三人は素早く、部屋から出て、隣の部屋の襖を開けた。

「私の着物に何をしてんの?」

 襖が開いた瞬間そこにいた人物は固まった。
 まさか、隣に人がいるとは思わず、更に言えば、それがであり、政宗であり、あまつさえ成実だとは思わなかったのだ。

「その着物。私が政宗から貰った物なんだけど」

 はあえて、挑発するような口調で問いただす。
 女は始めこそ、予想外のことに驚いたが、その後は、冷静になったらしく、ゆっくりと振り返る。

「ええ……分かってやったのよ」
「あなた……あの時の……」

 振り返った女には見覚えがあった。
 もちろんそれは、彼女がこの城で働いているからというだけではない。
 女のことは、政宗も成実もよく知っていた。それは女がここで働いているから当たり前だが、女のことを知っているのは、もであった。

「あら、覚えていてくれたのね。嬉しいわ『様』」
「そりゃ、初めて城下に行った時にあったんだもん、覚えてるっての」

 初めて城下に行った日。あの時のことは、暫くは忘れることはないだろう。
 なんせ、あの時の事件が原因で、の髪は短くなった。
 政宗にしても、を危ない目に合わせてしまい、最後にはの力がなければ二人とも無事帰れたかどうか。
 政宗としては、苦々しい日だった。
 女は事件が起こる前に会った女だった。
 あの時、綺麗な人だと感じ、同時に、何か違和感も覚えていた。

「キミがちゃんに嫌がらせしてたとは思わなかったなー」

 成実は明るく言い放つ。
 その言葉は政宗も同じだったらしく、その顔には思ってもみなかったと書いてあるようだった。

 伊達政宗直属の忍衆の一人。
 それがこの女の身分だ。
 最初に会ったときから、が感じていた違和感は、この女に気配が無いことだった。
 気配を消すことを常としているために、知らず知らずに気配を消してしまっているのだ。目の前に居るのに、その気配が感じ取れないことに違和感を感じたのだ。
 戦国乱世。それも、常に忍衆に接している政宗は感じなかっただろうが、現代に生きていた、普段では気配を消すなんていうことのないはそれが違和感として感じていたのだ。

「ソレをやったのは、あなた?」

 がソレと言うのは、先ほどまで掛けられていたであろう、政宗から贈られた(ことになっている)着物の無残な姿だ。
 着物は切り裂かれ、破られている。

 そして、の問いに、女はにっこりと微笑んだまま、言った。

「ええ。じゃまだったんですもの。貴女が」

 女の言葉で、はどうして、彼女が自分に嫌がらせをしていたか分かった。
 理由は一つ。
 『嫉妬』だ。

 だが、ここはあえて、理由を聞く。

「どうして……」
「あら、先ほど言いました通りですわ。貴女が政宗様の傍にいるのが、邪魔だと思ったからよ」
「そんな……」

 はショックを受けている。ような演技をする。
 犯人も動機も分かった今、別にショックを受けることではない。
 そもそも、犯人こそ分からなかったものの。何故自分が嫌がらせを受けているのかは、薄々は分かっていたのだ。
 だからこそ、この作戦にこの女は引っかかってくれた。

「私は忍ですもの、政宗様とは結ばれるとは思っていなかったわ。どこかの姫君を室に向かえいれたとしても、我慢する気だったのに……。それなのに、政宗様が連れて来たのは、どこから来たのか分からないこんな小娘だなんてっ!」

 女はキッっとを睨む。
 彼女の話を聞いたは、意外と冷静だった。しかも、嫌がらせされていた側ではあるのだが「そりゃ、そーだよね」といった具合に、目の前のくのいちの言葉に納得もしていた。
 身分の違いや立場上、政宗がどこかの姫を室に娶るのは仕方ないし、異議を唱えたところで通用するわけではない。そのうえ、くのいちであり、政宗の部下である為に、政宗の正室になど、なれるはずもない。
 それは仕方の無いことだから、と割り切っていたのだろう。
 それでも、政宗に献身的に仕えようと思っていたところに現れたのがだ。
 素性も分からないような、どうみても、平民の娘を、しかも、政宗自ら連れて帰ってきたとあらば、嫉妬もしたくなる。
 気持ちは分からないではないが、だからと言って、許すことは出来ない。
 でこの女の嫌がらせに怒りを感じているのだ。

「私に……私にどうして欲しかったんですか?」
「そうね。本当は少し嫌がらせをすれば、泣いて出て行くかと思ったけど……。そうも行かなかったみたいで残念だわ。これが、何処かの姫君だったなら成功したのでしょうけど。簡単に言えば、貴女に消えて欲しかったのよ」

 嫌がらせをしても、は特に泣きだすこともなく、日常を送っていた。
 が泣いてでもしていれば、少しは心がすっきりしたのかもしれない。
 しかし、は泣くドコロか、更に政宗と一緒にいたり、贈り物を貰ったりしている。
 それが、女の嫉妬心を煽ったのだ。

「そう……」

 ここまで聞けばもう十分、といった感じでは低く呟いた。

「私に消えて欲しいくせに、陰でこそこそとしか、嫌がらせできないなんて、随分臆病なくのいちなのね」
「……なんですって……」
「だって、そうじゃない。貴女ならそのまま私自身に危害を加えることもできたはずなのに、しなかったなんて臆病だったってことでしょ」
「貴女に直接危害を加えなかったのは、それでは、政宗の傍にいる口実が出来ないからよ」
「ああ、なるほど。私が嫌がらせに負けて、出て行ったら、そのことで落ち込んでる政宗に取り入ろうと思ってたってわけだ」

 女二人の喧嘩に、男である政宗と成実は割り込めない。
 くのいちの言葉にも驚いているが、それ以上に、相手を挑発するようなに驚いていた。

「でも、その作戦が上手くいかなくって残念でしたね」
「意外としぶとくて、困ったわ。さすが平民の小娘は図太いわね」

「殿……俺、ここから出てっていい?」
「行かすかよ……」

 女性二人の雰囲気にいたたまれなくなった成実は部屋を出ようとする。しかし、一人にされてはたまらないと、政宗は成実の着物を掴む。

「でも、ばれてしまったなら……。直接貴女に攻撃すればよかったのよね」

 そういうと、女はに切りかかった。


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卯月 静 (07/04/17)