【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 弐拾八





 来るかもしれない、とは思ってはいた。というよりも、アレだけ挑発したのだ、来ないはずがないと思っていた。
 だが、政宗と成実はとは違い、いきなりなことで、一瞬動けなかった。
 しかし、そこは百戦錬磨の武士。頭よりも、瞬時に体が反応した成実が女を押さえつけた。

っ! 大丈夫か?!」
「うん、大丈夫。あー、びっくりした」
「お前が挑発するようなことを言うからだろっ!」
「ごめん、ごめん。成実、悪いけど、その人放して」

 あっさりと言い放つに成実は驚く。
 今自分に切りかかってきた人間を放すなんて、何を考えているのだろうか。

「一回失敗したんだから、もう襲ってはこないって」

 狙われたに言われたのだから、と渋々女を放す。
 女は成実の力が抜けると、壁際に飛びのいた。

「随分お優しいのね、『様』」
「まさか。あのままだと話づらかっただけ」

 相変わらず、場の雰囲気は変わらず、政宗と成実は再び二人に割り込めなくなった。
 壁際に立っている女と正面から向きう位置に立つ
 少し歩を進めているから、先ほどよりかくのいちとの距離は近い。
 このくのいちが、に再び切りかかってきたら、は避けることはできないだろう。

「さて、謝ってもらいましょうか。くのいちさん」
「貴女に私が謝るとでも?」
「誰も私に謝れだなんて言ってないけど。そもそも、謝るくらいなら、やるなって話だし」
「じゃあ、誰に謝れっていうのかしら」
「政宗に」
「政宗様に?」

 ではなく、政宗に謝れといったの真意がその場にいた三人は全く分からなかった。
 嫌がらせをされていたのはで、その原因は政宗が原因のようなものだが、謝れとはどういうことだろうか。むしろ、怨むなら、政宗を怨めといった方が分かりやすい。

「そう。政宗に謝って」
「どうしてよ。政宗様には何もっ!」
「何もして無いって? バッカじゃないの?」

 先ほどくのいちとの会話の雰囲気とは違い、怒りを表にだしている。

「貴女は政宗が私に贈ってくれた着物を切ったのよ」
「だから、何よ」
「贈り物に危害を加えたってことは、贈った相手も侮辱したってことよっ! 人に何かを贈る時は、贈る相手のこととかいろいろ考えて贈るでしょっ! その政宗の気持ちも台無しにしたってことよっ!」

 着られた着物は、政宗が贈ってくれたものだった。
 政宗は着物なんてまたいくらでも贈ってやる、といったが、きっとあの着物は政宗がに合う物をといろいろ考えてくれたものに違いない。
 なのに、それを台無しにされた。いろいろ考えて、贈ってくれた政宗の気持ちも台無しにされた。
 そのことをは怒っていたのだ。

「政宗に謝って」

 は女を睨んで、繰り返す。

「stop だ、。そこまでにしとけ」

 政宗の制止の声で、は後ろを振り向いた。

「でもっ!」
「俺のことは気にするな、こうなったのも俺に原因がねえわけじゃねえ」

 をここに連れてきたのは自分だ。
 そのことに反発する者が出てくるのは分かっていた。ただ、それが、この女の嫉妬が原因だっただけで、もしかしたら、自分の失脚を目論む奴等だったかもしれない。
 嫉妬が原因でなく、失脚を目論む奴の仕業だったなら、はもっと危険な目に遭っていたかもしれないのだ。

 止められたは不満げだが、政宗は別にこの女に謝られたところで許す気もない。
 攻撃の対象はだったが、政宗自身の大切な者を傷つけられて、許してやるほど、政宗は優しくはない。

「どうすんの? 殿」
「俺の大事なもんに手ぇだしたんだ、それなりの罰は受けてもらわねえとな」

 いくら原因が嫉妬だといっても、簡単にに対して害を加えるようなものが、この城にいてもらっては困る。
 そして、を連れて来たのも、を傍に置いておくと決めたのも政宗だ。主の命令に不満だからと勝手な行動をされて、それを許してはこれから謀反を起す者が出てきかねない。

「ねえ。この人の処分私に任せてくれない?」

 どう処分するか、と考えていたところに、が声をかけた。
 政宗はどうするかと思ったが、今回は、嫉妬のみが原因であったようだし、被害者のの気がすむなら、とに任せることにした。

「好きにしろ」
「サンクス、政宗」

 はそいうと、女の傍まで行った。

「私をどう処分するのかしら。『様』」
「どうしようか? さっき私に切りかかってきたから、正当防衛ってことで、貴女を刺すこともできるんだよね」
「なら、政宗様にお願いして、死罪にでもするのかしら」
「死にたいの?」
「こうなった以上、政宗様にお仕えすることはできないもの」
「そう……」

 は、未遂だとしても、殺されそうになったのだから、死罪としても、誰も文句は言わないだろう。
 そもそも、戦国の世で、主に刃向かったような形になったこの女が軽い罰ですむはずもない。
 政宗は、のことだから、きっと追放といったことを言うと思っている。自分の命を狙った者に、近くに居て欲しくは無い。それが如何に優秀な者だったとしても。

「政宗ー。一つ聞きたいんだけど」
「何だ?」
「この忍は政宗に必要?」
「…………いや、必要ねえ」
「分かった」

 政宗の答えを聞き、は再びくのいちに向き直った。

「貴女今から、私の忍ね」

 その言葉に、くのいちはもちろん、政宗も成実も驚いた。


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卯月 静 (07/04/24)