【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 参拾壱
今日は早朝から、城の雰囲気がいつもとは違っていることに、は気がついた。 誰かの行動が可笑しいというのではなく、ただ、何か、城を包む空気が違うのだ。幾分か張り詰めているような気がした。 ここ数日の間、城の者達はどこか忙しそうにしていたから、それと関係しているのかもしれない。しかし、城の主である政宗はいつも以上にの元に頻繁に訪れていた。 としては執務はどうした。と聞きたかったが、何故か聞けなかったし、いつもなら執務をサボってといれば、小十郎が政宗を引っ張って戻っていたのに、ここ数日はそれもない。 政宗が全く仕事をしていないわけではないが、それでも一日の大半はと過ごしているのだ。 何故なのか、それはには分からなかったが、何かが起こるのだということは薄っすらとにも感じ取れていた。 そして、今日の空気で確信に到った。 「」 声と同時に襖が開けられる。 声の主は言わずもがな政宗だ。 しかし、いつものように会いに来たという雰囲気ではない。 彼の雰囲気は「政宗」ではなく、「伊達政宗」のものだった。 「仕事はしなくてもいいの? 小十郎さんに怒られるよ」 それに気付かない振りをしつつ、努めていつも通りに聞こえるように振舞う。 政宗はふぅーっと息を吐くと、の前に座った。 「もうすぐ戦が始まる」 「……え? ……」 「明日、城を出発する」 戦? 一体急に何を言い出すんだろう。思考が付いていかない。 「本当はもっと早くにアンタに言うべきだったんだが……」 やっと、ここ数日の様子と繋がった。 城の皆が忙しそうにしていたのは、戦の準備の為だ。 そうだ、ここは戦国の世。日本中で戦が行われているのが日常。がこの間参加したのは一揆だから、戦とは少し違ってて、奥州があまりにも平和だから、忘れていた。 毎日誰かが誰かの手によって命を落とす。ここはそういう世界なのだ。 だが、戦の前なのに、何故政宗は頻繁に自分のところに来た? いや、違う、戦の前だから頻繁に自分のところに来たのだ。戦となれば数日で戻ってこれるものではない。 いや、下手すると戻って来れない……。 そこまで考えて、は強制的に考えることを中止した。それ以上は考えてはいけない、考えたくもない。 「……あ、相手は?」 「北条だ。負けるような相手じゃねえ」 北条。確か、北条早雲の家系なはずだ。早雲の名前は歴史の授業で名前だけは知っている。名前だけしか知らないから、その勢力がどうだったとか、その子孫がどうなのかとかは知らない。 だが、この間小十郎に聞いた話では、腕のいい忍がいるとか言っていた。 「……前から決まってた?」 「ああ」 そうだろう、昨日や今日で戦の準備ができるはずもない。 その証拠にずっと城の者が忙しそうだったのだ。 だが、どうして、誰も教えてくれなかったのだろう。今日になって知ることになるなんて……。 「どうして、もっと早く言ってくれなかったの?」 政宗に視線を合わせられない。はずっと下を向いたまま問う。 「に『行くな』と言われたら、流石の俺でも悩む」 のいた所が戦とはかけ離れた平和な場所であったことは、からの話と彼女の雰囲気や考えから容易く想像できる。 多分、は戦を嫌うだろう。それが仕方の無いことだと言ってもきっと。 人の死への考え方が自分達とは違う。 そんなに、今から自分は人を殺める場へ行くのだと、言えるはずもない。まして、が止めたりすれば自分は躊躇ってしまう。 だが、それではいけないのだ、奥州の王である自分がここで躊躇ってしまっては、奥州に、つまりは民に迷惑がかかる。 いつの時代も苦しむのは弱い立場の者達。その者の為に、できるだけ平穏な日を与えてやらないといけない。 自分はそのために今までやってきたのだ。今更引き返せない。 が「行くな」と言ったところで、悩みつつも、自分は行く。 政宗の最大の心配はもう一つの方だ。 は「行くな」とは言わないかもしれない。その代わり、別のことを要求するに違いない。それが一番政宗の防ぎたかったことだ。 「『行くな』とは言わない。…………だから……私も」 「駄目だ」 が言い終わらないうちに政宗は遮った。 「を連れて行く気はねぇ」 政宗はそう一言言ってから、部屋を出て行った。 次へ 戻る 卯月 静 (07/10/02) |