【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 参拾参





 夜。は政宗の部屋の前に立っていた。
 部屋からは灯が漏れているから、まだ政宗は起きているのだろう。
 あの後、はずっと考えた。
 そして、考えた結果、どんなに危険な目に合おうとも、政宗の隣に居たいと思った。
 この世界に自分の居場所は彼の隣しかないのだ。

「政宗……入っていい?」
「…………勝手にしろ……」

 返ってきた声は硬い。
 はそっと襖を開ける。
 政宗はから背を向けたままで、は一歩だけ部屋に入る。

「何の用だ?」

 拒絶するような、冷たく硬い声にの心が痛む。
 いつもの包み込んでくれるような、声ではない。全身で拒否している声。
 だけど、ここで自分が傷つくのは間違ってるのだ。政宗の想いを潰してでも、自分の我侭を通そうとしているのだから。

「私も連れて行って」

 はっきりとした声で言う。
 政務をしていただろう政宗の手が止まる。

「駄目だと言っただろう。俺はアンタを連れて行く気は少しもない」
「城で……只待ってるだけなんて、耐えられない」
「……それでも駄目だ」

 政宗は背を向けたまま、の方は向かない。

「どうして? …………私が戦力にならないから?」
「…………そうだ。それに、足手まといだ」
「…………自分の身は自分で守れる!」
「Ha!」

 政宗はゆっくりと振り返る。
 政宗と目が合う。
 その瞳は暗くて、冷たい……。
 まるで、政宗ではないような気がして、視線を逸らしたかった、でも、その瞳に捕まってしまい、逸らすことも出来ない。

「自分で自分の身を守るだ? Are you bullshitting me?」(なめてんのか?)

 言うやいなや、は腕をつかまれ、引き倒された。
 ドサッと言う音と共に背中をしたたかに打ち、思わず目を瞑る。
 次に目を開け、体を起そうとすると、目の前に白刃の先が在った。

「政宗……?」

 その刀を持つのは政宗で、彼は無言で、そして、無表情のままを見下ろしていた。
 切っ先が目の前にあるために、動けない。いや、動けないのはそれだけでなく、政宗のその視線があるからだ。
 すっと切っ先が外され、キンッと鞘に収める音がした。
 刀がしまわれたことでほっと息をつく。
 が、不意に肩を捕まれ、押し倒され、今度は軽くだが、再び背を畳で打った。

「……政宗……」

 再び呼びかけてみるものの、政宗は無言のままだ。
 両手首を捕まれ、畳に縫いつけられた状態で身動きが全く取れない。
 政宗は冷たい瞳のままを見つめるだけで、何も言わない。
 恐い……。政宗に対して初めてそう思った。
 の知ってる政宗は、自分に意地悪をするときもその扱いは優しかった。こんな風に手荒い真似はしない。
 急に腕を引かれたり、引き寄せられたりしたとしても、その扱いは優しい。
 こんな風に無理矢理押さえつけることはしないのだが、の手首を握っている政宗の手には力が入っていて、少し痛い。

「……な、何を?!」

 捕まれていたては、頭の上で交差され、政宗は片手で押さえつける。
 片手で押さえつけているのなら、抵抗すれば振りほどけそうなものだ。しかし、彼は伊達政宗で、片手で三本の刀を操るのだ。女性の手首を押さえつけるくらい造作ない。
 シュッという音と共に、の帯が解かれる。
 何をされるのかの想像がついた。だって、何も知らない子供ではない。帯が解かれればどうされるかなど、分かる。
 相手が政宗であるから、そういうことをするのはいやではない。
 が、それはいつもならの話だ。
 こんな状況で、こんな心境でなど、いくら相手が好きな相手だといえどもいいわけがない。

「離、してっ!」

 抵抗を試みるも、全くの無駄。動けないし、政宗の表情も変わらない。

「……つっ!」

 の首筋、鎖骨、胸元へと唇が落とされる。
 そして、すーっと、下から上へと太ももを撫で上げられる。

「……いやぁっ……」

 ゾクリっとした感覚に目に涙が溜まり、泣きそうな声がでた。

 バチンッ!

「あっ…………」

 必至に抵抗していた為か、不意に政宗の手の力が抜けたと同時に、政宗の頬を叩いてしまった。

「政宗、ごめ」
「謝る必要はねぇ。…………だが、これで分かっただろう」

 政宗の声は冷たい物ではなくなってはいたが、とは視線をあわせず、どんな表情なのか見えなかった。

「悪かったな……」

 それだけ言うと、に自分の羽織を掛け、そのまま部屋を出て行った。
 そして、同時に彼を色んな意味で酷く傷つけてしまったのだと自覚した。 


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卯月 静 (07/10/09)