【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 参拾四
鎧兜をつけて集合する人々。 その中心には、蒼い陣羽織を着た政宗の姿。 「Are you ready guys?」(準備はいいか野郎共) 政宗がそう叫べば、野太い歓声が返ってくる。 いつも通りの出陣前の様子。 久々の戦で、全員の気持ちが高ぶっている。 「いくらなんでも、昨夜のアレはやりすぎではないですか?」 隣に控えていた小十郎の心配そうな言葉に、政宗は溜息をつく。 「分かってる……。だが、アレ以外に思いつかなかったんだ」 「嫌われても知りませんよ」 「構わないと言っただろ」 言った言葉とは裏腹に、昨日の怯えた様子のの顔が頭から離れない。 「しっかし、殿。よく理性保てたよね」 いつの間にか傍に来ていた成実が茶化す。 確かに、寸でのところで事には到らなかったが、あの時の自分には理性なんて、無いも同然だった。 初めはに警告を与える為だったから、押し倒すまでで終らせるつもりだった。だが、不安な色を浮かべたの瞳を見て、止められなくなった。 壊れるまで抱いて、啼かせてみたい。そうする事で、をずっと自分のモノに出来るのではないかと。確かに自分はあの瞬間そう思ったのだ。 のあの泣きそうな声で辛うじて残っていた理性が自分を止めたのだ。 次、同じようなことがあれば、きっと止められないかもしれない。いや、きっと自分では止めることは出来ない。 「うるせぇよ」 政宗は吐き捨てるようにそう言うと二人から逃げるように離れた。 小十郎も成実もやれやれといった感じで半ば呆れたように、そして、半分は愛情表現の下手な主に同情するようにその背に視線を送った。 先ほどの会話でも分かるように、昨日のことは小十郎は元より、成実、そして、鬼庭綱元は知っている。 城主が城の女性、それも寵愛している女性に手をつけたからといって、何の問題はない。が、今回ばかりは様子が違う。 事に及んで傷つくのはだけでなく、政宗自身だ。 そのために、小十郎は隣室で控えて、事態が最悪な方向へ行きそうなら止める許可を貰った。 これが他の女であれば、政宗は許可しなかっただろうが、相手はだ。政宗自身理性を保てるかなんて分からない。 が部屋に来るかもしれないということ、そして、その時は自分が理性を抑えられるかどうか分からないこと。それを半ば予感していたからこそ、政宗は小十郎が控えるのを許した。 昨日のうちに、が部屋に来なければそれはそれでよかったのだ。 成実と綱元は小十郎から事情を聞いただけではあるが、大体の予想は付いていた。 「綱元」 「二人から逃げて来たのですか」 伊達の三傑の一人、鬼庭綱元。彼の容姿からは、到底伊達軍とは想像できそうにない。高めに結い上げられた髪は長く、目は切れ長で所謂美形だ。物腰や雰囲気も柔らかい。 「……お前も小言でも言うんじゃねえだろうな……」 「いえ、小言を言うのは小十郎の役目でしょう」 「ならいい……。城は頼んだぜ」 今回の戦に綱元は行かない。綱元が居なくても戦力的に大丈夫だということもあるが、それ以外にも理由はあった。 「……それと……を頼む」 「心得ております」 他の家臣を信用していないわけではないが、今回強引にを城に残すことが政宗には気がかりだった。 だから、伊達の三傑の誰かに任せるのがいいのだが、小十郎はきっと付いてくるだろうし、成実は置いていくのは逆に不安かもしれない、ということで、適任であろう綱元に任せることにした。 「何かあれば直ぐに知らせろ」 「はっ!」 政宗は城に視線を向ける。 自分がこれから出発する姿を、はどこかから見ているだろうか。 酷く傷つけてしまったに違いないから、戻っても顔を合わせてくれないかもしれない。現にの姿はない。 それでも、を失いたくなくて、利己的だといわれようとも、無理矢理城に残した。 「俺は……これ以上……愛する者を失いたくたいんだ……」 母の愛を右目と同時に失い、父を自分の未熟さ故に失うことになった政宗にとって、を失ってしまえば、自分には何も残らない……。 次へ 戻る 卯月 静 (07/10/13) |