【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 参拾伍
皆が出陣して数日経った。城はいつもより静かでゆっくりと時間が流れる。 城に男共が全く居ないというわけではないが、血気盛んな伊達の面々が減ったということであれば、いつもの騒がしさも半減する。 「静かですね」 「いつもは五月蝿い男共が居ませんからね」 は庭先でお茶を飲んでいた。 隣にいるのは、喜多と言う女性。 政宗の乳母をし、小十郎と綱元の姉である。 流石にあの政宗の乳母というだけあって、気が強く、真のしっかりした女性だ。 「喜多さん、本当にきっぱり言っちゃいますね」 「事実ですから」 そういって二人は笑いあう。 喜多はに、政宗の小さな頃の話や、小十郎や成実の小さい時の話まで聞かせてくれた。 政宗が今では想像も出来ないような大人しい性格だったことや、成実と政宗がした小十郎への悪戯など、本当にの知らないことを沢山教えてくれた。 本人達が聞いたら今すぐ忘れろと言いかねない、いや、言うだろうが、きっと誰も喜多には敵うまい。 「いつ、帰ってくるかなぁ……」 我知らずには口にしていた。 その呟きを聞き、喜多はへと顔を向けると、彼女の瞳は遠くを見つめていた。 まるで、遠くにいる誰かを見つめているように。 「様……」 この間、くのいちに向かって啖呵を切った人物と同じとは思えない。 喜多はあの場に居た。あの時のは気高く、誰よりも強く見えた。 「心配、ですか?」 は、喜多の問いに少し考えるようにして首を傾け、そして口を開く。 「とは、ちょっと違いますね。心配、というよりも、不安です」 「不安、ですか?」 「政宗と離れてる間に、私がここにいることでの害が政宗に及ぶかもしれませんから」 は以前、政宗に害が起こるかもしれないからと城を抜け出した。 が居なくなったことで、政宗が日々悩んでいるのは喜多も十分知っていた。 政宗直々にを連れ戻しに行き、今に到るわけだが、確かあの時にが出て行った理由もそのような物だった。 「傍に居れば、それを防げるかもしれないと思って付いていきたかったんですけど……」 政宗から、が先の世から来たと聞いた時は、主の気が触れてしまったかと思った。確かに不思議な雰囲気を持つ娘だとは思ってはいたが、先の世から来たなどと信じられるはずがない。 だが、政宗はといると以前よりも柔らかく笑うようになった。その様子を見ている喜多としては、が政宗に害を及ぼす様子がないため、素性は棚上げにしておくことにしたのだ。 「ありがとうございます」 「え?」 一見脈絡のない御礼の言葉にはキョトンとする。 「様が政宗様のことをそこまで思って下さっていて、乳母としてはとても嬉しゅうございます」 この娘が政宗の想い人でよかったと、心底そう思う。 「えっと……どう、致しまして……」 頬をほんのり桃色に染め、俯きながら答える姿は本当に可愛らしいと思った。 「喜多さん、からかってます?」 微笑ましくて思わず笑ってしまった喜多をが見つめる。 「いいえ。そのようなことは御座いませんよ」 にっこりと答えれば、は困ったように笑う。 「さすが政宗を育てた人ですね……」 夕刻。 は道場に居た。 いつもは大勢の伊達軍の面々が鍛錬しているが、今は居ない。 そして、いつもならは見る側だが、今回は道場の真ん中にいる。 懐かしさを感じながら柄を握る。 持っているのは薙刀。それも部活で使っていたようなものではなく、正真正銘の本物だ。 もちろん危ないからと刃は切れないように落としてはある。落としてはあるが、殴られれば怪我をするのは必至だ。 しかも、本物となると重い。慣れるまでに時間がかかりそうだ。 「本当によろしいのですか?」 目の前にいるのは喜多。彼女も薙刀を持っている。 としては戦についていくことを諦めていなかった。今回は日が無かったために食い下がることもできなかったが、次は政宗に頼み込んでついて行く。 それまで、足手まといになる要因は少ない方がよいと練習しておくことにした。 武家の出である喜多が、薙刀が使えるということで練習に付き合ってもらうことにした。 「構いません。自分の身くらいは守れるようにならないと」 真剣に真っ直ぐな瞳できっぱり言われ、喜多は折れることにした。 それに、少しでも身を守る術を知っておいた方がいいにこしたことはない。 「それでは参ります」 「はい!」 喜多は薙刀を構えた。 次へ 戻る 卯月 静 (07/10/16) |