【戦国御伽草紙】雪国のかぐや姫 参拾六
綱元は部屋で書物を読んでいた。 伊達の兵が減るとこうも静かなものなのだとしみじみと思う。 数日前に姉である喜多とが道場で手合わせをしているのを見て驚いた。 戦場に付いて行くと言ったと聞いた時も驚いたが、足手まといと言われたからといって、まさか、身を守る術を見につけようとしているとは思わなかった。 本当に変わった娘だと思う。あのという娘は。 だからだろうか、政宗からあの娘が先の世から来たのだと聞いてもすんなり受け入れることができたのは。 政宗が彼女を戦に連れて行かなかったのは、を危険なところに連れて行きたくない、というのもあるだろう。だが、それともう一つ理由があることを綱元は分かっていた。 この、戦国の世に似つかわしくない澄んだ瞳。きっと誰かの血で汚れることなどなかったであろうその手。 平穏な世界から来たという彼女に、自分が誰かを殺めている場など見せたくなかったのだろう。 その右目のせいで、母の愛を失ってしまった政宗にとって、戦での自分の姿を見せて、彼女に拒絶されるのが恐かったに違いない。 綱元はそこまで考えて、溜息を吐いた。 全く、我が主殿は本当に、不器用な方だ。 綱元は読んでいた書物を閉じ、様子を見にいくことにした。 今の時間であれば喜多と茶を飲んでいる頃だろう。 部屋から出て、の部屋へ向かう。 しかし、近くまでくるとなにやら騒がしい。 「ああ! 綱元様! 今お呼びしようとっ!」 バタバタと、急ぐように走ってきた侍女は、綱元の姿を認め呼び止める。 侍女の様子は普通ではない。酷く血相を変えている。 「様が急にお倒れにっ! ともかく、こちらへ!」 侍女に連れられ、の部屋へ急ぐ。 「何があったのですか?」 部屋では、が布団に寝かされている。 部屋の前まで行った綱元が見たのは、くのいちに抱きかかえられていると、側に付き声をかける喜多の姿。そして、それを見守る数人の侍女達であった。 「何が起こったのか……私にもさっぱりです」 喜多はそっとを見遣る。 先ほどまで普通に自分とお茶を飲んでいたのに……。 「お茶を飲み、様が庭に出て空を見上げてらっしゃいました。それまで何も変わった様子などなかったのです」 の行動に釣られて、喜多が空を見上げても別段変わったことは何もなかった。鳥すら飛んでいなかったのだ。 青い空が広がるのみ。その空には雲一つなく、あった物といえば、まだ昼間だというのに、薄っすらとした月の姿のみだった。 そして、喜多が視線をに戻すと、糸が切れたようにが崩れ落ちた。 離れていたために駆け寄って、支えることは間に合わなかったが、幸い、くのいちがを支え、頭等を打つことは無かった。 駆け寄った喜多が呼びかけるが、何の反応もなかった。 「そうですか……。姉上は様を頼みます」 薬師にも見せてみたが、何も可笑しいところはないとのこと。ただ眠っているとだけ言っていた。 綱元は自室に戻ると、来るようにと言いつけてあったくのいちの名を呼んだ。 「猫……」 「はい、ここに」 猫と呼ばれたくのいちは、例の事件ののちに仕えることになったあのくのいちだ。 猫というのは通称だが、ずっとそれで通している。本名もあるのだろうが、その名で呼ばれることは今までも、そしてこの先もないだろう。 「様は最近、眠っておられたか?」 綱元が考えたのは睡眠不足。政宗と離れた不安から夜眠れず、その疲れがでたのではないかということだ。 薬師は、そのようなことは言っていなかったが、ありえない話ではない。 しかし、猫から返ってきたものはそのような物ではなかった。 「はい。夜はきちんと眠ってました。睡眠不足が原因とは考えられません」 「そうか……」 「このことを政宗様には?」 「まだ、いい。知らせたところで政宗様の不安が増えるだけだ」 「分かりました」 言うと猫は姿を消した。 綱元は、の目が覚めれば原因も分かるだろう、とそして、2、3日できっと目が覚めるだろうと思っていた。 次へ 戻る 卯月 静 (07/10/20) |