【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 参拾七





 が倒れてから10日が経った。
 しかし、彼女は一向に目を覚ます気配はない。
 薬師の話によると、10日ずっと眠っていれば少なからず衰弱の気配が出てくるはずで、事実水も食事も何も取っていない。
 それなのに、には何の変化もない。倒れた時と変わらず、昏々とただ眠っているだけ。

「綱元様」
「……猫か」

 音もなく現れた猫に、綱元は驚きもしない。
 忍というのはそういうものだ。

「政宗様にお知らせした方がよいのでは?」

 猫の言い分はもっともだ。きっと知らせずに、戦から帰ってきたら政宗は怒るだろう。なぜ知らせなかったのかと。
 しかし、今政宗に知らせるのは得策でもない。
 戦中の政宗に、が倒れて目を覚まさないなどと言えばかならずそちらが気になって戦に集中できないだろう。
 早く終らせて焦る。そうなれば、確実に隙ができる。いくら政宗が強いとはいっても、隙を突かれれば万が一ということもある。
 それに、政宗が、伊達軍の頭が焦っていると他の者に感じさせてしまえばそれは伊達軍全体に及び、不利になる。

「……すぐに小十郎に知らせてくれ。政宗様に知らせるかどうかは小十郎の判断に任せると。絶対政宗様に直接知られることのないように」
「はい」

 言葉少なに返事をし、猫はその場を後にした。
 向こうの状況によって、知らせるべきか、知らせぬ方がよいか変わる。
 小十郎であればその判断は正確にしてくれるはずだと踏んでのことだ。
 政宗のことを思い、今回はここに留まることにしたのことだ。自分が倒れたことで政宗が動揺し、政宗になにかあれば自分を酷く責めるだろう。
 それは綱元にもよく分かった。
 本当は政宗が戻ってくる間にの目が覚めていればいい。
 そうすれば政宗が戻ってきても、笑い話で済ますこともできるのだ。
 だが、何故か綱元には嫌な予感が纏わりついてならなかった……。






 伊達軍は順調に北条を破っていた。
 相変わらず政宗が敵陣に単身乗り込んで行こうとするのは変わらない。

「政宗様っ!! あれほど無茶を為さらないようにとっ!」
「I see. I see.」(分かった、分かった)

 窘める小十郎に対し、政宗は聞き流していて、煩わしそうにしている。

「いいえ、分かっておられません。政宗様に何かあればどうするんですか」

 いつもは先ほどのところで終わるのだが、今回は小十郎も食い下がる。

「Ha! 俺が雑魚なんかに負けるわけねぇだろ」
「では、怪我でも為さったらどうなさるおつもりですか」
「怪我くらいいつもの」
が悲しみますよ」
「…………」

 の名を出されては、これ以上突き撥ねることもできない。
 無理矢理城に置いてきて、自分が怪我でもすればやはり彼女は心配するだろう。
 ひょっとすればこの間のように、自分がいるせいで政宗が怪我をしたと思うかもしれない。

「政宗様」
「……大人しくしときゃいいんだろ」

 渋々という感じでとりあえず陣で大人しくしておくことにした。
 すぐにまた一人で突っ走るであろう主に対して、今のうちに他の作戦を開始しておく必要がある。
 それを隊に伝える為に政宗の側から離れた。

「小十郎様」

 聞き覚えのある声に振り向けば、そこには城でいるはずの猫の姿。

「なんだ? からの伝言か?」
「いえ。綱元様の命で小十郎様にお伝えすることが」

 ではなく、綱元の命。しかも伝える相手は政宗ではなく小十郎。
 猫はの忍だから、普通なら綱元が猫をよこすことなどないはずだ。しかも、相手は政宗ではなく小十郎だという。

「……何か、あったのか」

 猫の口から語られたことに小十郎は耳を疑った。
 


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卯月 静 (07/10/23)