【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 参拾八





「手応えのねえ戦だったな、小十郎」
「そうですね」

 戦は伊達軍の勝利に終わった。
 陣で大人しくしていると言っていた政宗だったが、やはり途中から我慢し切れず飛び出していった。
 政宗が出てしまえば展開は早かった。
 雑魚が政宗に敵うはずもなく、まさしく一瞬で地に伏した。
 北条には伝説と呼ばれる忍もいたのだが、相手が忍だということもあり少々手こずったものの、不利になる程のことでもなかった。
 それよりもむしろ厄介だったのは氏政で、城の上まで登りつき、いざというところで逃げた。しかも、追いかけられないようにきちんと城門も閉めていった。
 また下に下りる羽目になったが、戦ってみるとあっさりと勝負はついた。
 今は戦の事後処理に追われている。政宗としては早く終らせて帰りたいのだが、勝ったからといってそう簡単に帰れるものでもない。

「やっと城に戻れるな」

 政宗は嬉しそうに言う。
 事後処理が残っているとは言っても、やっと城にいるに会えるのだから無理はない。
 しかし、小十郎は未だ猫からの知らせを政宗には伝えていなかった。
 だが、もう伝えなくてはいけない。いつまでも黙っているわけにはいけないのだ。

「政宗様、お伝えしなければいけないことが御座います」

 片膝を付き、頭を垂れる小十郎に政宗は眉を寄せる。
 普段何か政宗に言わなければいけないことがあっても、小十郎はこのようなことはしない。

「……何だ?」
「城より、が倒れたとの知らせがありました」
「…………が……倒れた?」
「はい。目を覚ます気配もなく、眠ったままだそうです。未だ目が覚めたという知らせはありません」

 小十郎は頭を垂れたまま語る。

「いつ知らせを受けた」

 問いかける政宗の声は低く、怒りを含んでいる。それは視線を政宗に向けていなくても、気配で分かる。
 怒鳴りたい衝動を必死に抑えているのだろう。

「半月程前に」
「何で俺にすぐ言わなかった」

 小十郎は顔だけ上げ、政宗を見上げる。
 見下ろす政宗の目には怒りが宿っている。無理もない。が倒れたという重要なことをずっと黙っていたのだから。

「お言葉ですが、が倒れたことを知ってどうなさるおつもりだったのですか」
「知ってたらもっと早く戦を終わらせたっ!」

 そうだろう。早く戦を終わらせての元に帰っただろう。
 しかし、早く終らせるといっても政宗のことだ、単身乗り込むという無茶をしたに違いない。
 小十郎も早く戦を終わらせ、政宗がの元にいけるようにと、当初考えていた策とは違うものを実行したのだ。
 確実なものよりも、早く終るであろう策をとった。早さを求めれば確実さは減る可能性だってある。

「政宗様お一人で乗り込んで、ですか」

 政宗は強い。それは小十郎が十分知っている。単身乗り込んでも負けないだろう。
 だが、のことが気にかかり、そのために焦りが生まれれば確実に隙ができる。
 そうなれば政宗の身が危ない。

のことを聞いて冷静に戦ができるとお思いですか。焦り、無茶をすれば、政宗様のみならず、伊達に危険が及ぶことになります。この戦で負けでもすれば、城にいる者も危険に晒すことになるのですよ」

 政宗は黙って小十郎を睨みつけたままだ。
 だが、小十郎は怯まない。ここできちんということも自分の役目。
 今回は首を刎ねられる覚悟だった。

「……俺に黙ってた罰だ、後は全てお前に任せる。俺は先に城に戻る」

 絞る出すように政宗は言った。
 政宗としたら、小十郎が黙っていたことには腹は立つ。が、彼の言い分は正しい。
 のことを聞いて自分が冷静で居られたかと聞かれれば、答えは「No」だ。
 絶対冷静で戦などできやしない。
 小十郎に全て押し付け、政宗は馬に飛び乗った。
 そして、奥州に急ぐ。
 城に戻ればはもう目を覚ましていて、

「そんなに急いで帰ってこなくてもよかったのに」

 と、笑って迎えてくれるに違いない。
 政宗は馬を走らせながら、そう祈った。


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卯月 静 (07/10/27)