【戦国御伽草紙】

雪国のかぐや姫 四拾壱





 城はいつもよりも静かで、それは伊達の若い衆がいないからではない。
 戦で若い衆が居なかった時も静かだったが、その時の静かさとは違う。人が少ないから静かなのではない。
 すでに戦から多くは戻ってきていて、いつもの活気を取り戻していてもよいはずだ。
 しかし、城の活気は戻らない。表面上は明るく努めているが、皆の心は重い。それでも、一番つらいであろう主君のことを思って表情には出さない。
 その静かな城の、更に静かな部屋で、は眠っていた。
 倒れてから未だに目は覚めない。
 幸い体調に変化は無いようだが、それもいつまでのことか……。

 ひっそりとして、今は珍しく側に誰も付いていない。
 ストンッと天井から女が降りてきた。
 かつてはの恋の好敵手であり、今はの忍である猫だ。
 彼女はの傍らに座り、今の主であるを見た。

「折角、あんたの為に政宗様が帰ってきて下さったんだからさっさと起きなさいよ……」

 と会って、最初は取るに足らない小娘だと思った。
 次に政宗の笑顔を独り占めできるが羨ましく思った。
 そして、政宗が本気でこの娘を大切にしていると分かってしまったから、気持ちに歯止めが効かなくなった。
 政略結婚のどこかの姫であれば、懐柔することも、隣から政宗を奪うこともできたかもしれない。だからこそ、どこかの姫が政宗に嫁いできても大丈夫だと思っていた。
 だが、が相手ではそれは出来ないと知っていた。だから、早く芽を摘みたかった。
 一度出て行った彼女のことだ、少し嫌がらせをすれば出て行くだろうと踏んでいたが、まさか、あのようなことをされるとは思わなかった。
 しかも、は自分にの忍になれとまで言った。

「何だかんだであんたのこと認めてるのよ」

 の忍になった最初の朝。つまりは事件の翌日。
 は自分の名を聞いてきた。

「ねえ、貴女の名前は?」
「……好きに呼べばいいでしょう。でも、私は貴女が私の主なんて認めないわ」
「好きに呼べって言ったって……。それに無理に主だって思ってくれなくてもいいよ。貴女の中の一番は政宗のままでいいし、そう簡単に割り切れるもんでもないっしょ?」
「……そうやって、余裕ぶって私に見せ付けるつもり?」
「そういうわけでもないんだけどな。てかね、貴女は真っ直ぐ言葉をくれるから私的にはすっごい楽なわけよ。確かにいろいろムカついたり、傷ついたりするけど、それでも何を考えてるのか分かるってのは楽。私はここのことを知らな過ぎて、何が良くて何が悪いかなんて分からないから……。ってそれよりもさ、やっぱ名前教えてよ、貴女って言うの言いにくい」
「猫。そう呼ばれてるから、貴女もそう呼べばいいわ、

 気まぐれに名を呼べば何が嬉しいのか「ありがとう」と笑顔で返された。
 そして、政宗が出陣する日。
 政宗とのやり取りは猫も知っていた。
 この娘がそこそこ気に入ってきていたし、表向き解雇されたが、実際は政宗にの護衛を頼まれた。
 そこまでされると完敗だ。のことを気に入り初めてたから、二つ返事で承諾し、あの日も天井裏に居たのだ。
 もちろん、に変なことをしようものなら、降りていこうと思って。
 だから、出陣の日、猫はに見送りに行かないのかと尋ねた。

「顔合わせづらい……それに、今会ったらきっと泣く。そしたら政宗が困るし……、出陣前に動揺させちゃ駄目だろうし……」

 そういいつつもは外にいる政宗から視線を外そうとしない。

「心配してくれてありがとうね、猫」
「何のことかしら」
「今回は付いていくの諦めたけど、付いてくこと事態は諦めてないから。政宗が帰ってくるまでに出来るだけ自分の身は守れるようにしなきゃ」

 そうすれば政宗が危ない時に助けられるかもしれないしね。
 断られ、手酷くされたことで落ち込んでいるかと思ったが、そうではなかったようで猫は安心した。
 政宗に少し意地悪したくなり、それなら私も協力すると申しでた。
 身を守る術を覚え、安全なところで置いておく理由が無くなった政宗はどういう反応するだろう、と楽しみだったのだ。
 なのに……。

「早く起きなさいよ。じゃないと、政宗様は私が取っちゃうわよ……」

 猫の声に答えるの声は無く、ただ寂しく響いた。





「大変なことになっちゃったね」

 そう呟くのは成実。

「どうにかして差し上げてぇが、今回ばかりはな……」

 小十郎はそう言って深く溜息を付く。

「原因が分からないから、手の打ち様もない」

 その表情とは裏腹に、苦痛の混じる声で綱元が続ける。
 政宗の留守中には倒れ、尚且つその知らせは小十郎にした。
 倒れたことは綱元のせいではないにしろ、知らせを政宗に自身にしなかったことは、黙っていた小十郎共々怒られた。
 もちろん、綱元の意向の分からぬ主ではないから、とくに咎められたわけではない。

「殿、ちゃんを捨てたりしないよね」
「しねぇだろうな」

 むしろしないだろうからこそ大変な事態になる可能性もある。

「頭の固い老臣達は側室を置けと、政宗様に迫るつもりのようだな」

 綱元の言っていることは小十郎も成実も耳に入っていた。
 多分政宗の耳にも入っているだろう。

「殿とちゃん見てるとこっちも幸せな気分になれたのになー」

 それは小十郎も綱元も同じくそう思っていた。
 戦以外の場で政宗が嬉しそうにすることなど中々なかった。それにといる政宗は穏やかで柔らかい表情をしているのだ。
 そんな二人を見ることが城の者達の癒しにもなっていた。
 祝言を挙げるという話は出ていないが、城の者達は密かに今か今かと待っていたのだ。
 もちろん政宗に側室をといい始めた老臣だってそれは例外ではなく、中にはを孫娘のように可愛がっている者だっていた。
 だからと言って、このままにしておけば伊達家は潰れる。そのうえ、この隙に乗じて政宗の弟である小次郎を頭首にしようとしているものだっているかもしれない。
 子ができなければ養子という手もあるが、小次郎を頭首にしたい者達にとって今の状況を見逃す手はない。

「俺、やだな、殿がちゃん以外の女と一緒にいるの」

 成実の言葉は伊達の三傑だけでなく、多くの伊達家臣の気持ちでもあった。


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卯月 静 (07/11/06)